時は流れて…

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  さりながら 復員兵の新聞記事が 見えなくなるということなど ないというのが戦後十年で、 復員が遅ければ遅いほど 時代についてゆくのが 困難になるものだ。 「今日は戸田へ行こうと  思ってるんだけど  春さんと正もどうだい?」 「いいですね、ちょうど  髪もうっとおしくなって  きたころだから、なあ、正」 「なら、僕が運転しますよ」 芝山の誘いで向かった先は 埼玉戸田の小さな理髪店。 扉を開けると 「遠いところ毎月毎月  ありがとう存じます」 四十までまだ少しある 女店主が丁寧に出迎えてくれた。 「御亭主の具合はどうだい?」 芝山が奥を覗くと 幼児を膝にぼんやり… ぼんやり宙を眺める男が一人、 彼もまたシベリア帰りであった。
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