五分咲きの桜

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有り難い“お膳立て”に 乗る形ではあるが… 昔の賑わいを取り戻しつつある 銀座の人波へと 夕暮れをそぞろ歩き…。 (かず子とも…こんなことは  なかったなあ) 和歌山の学校帰りの 稚拙な恋の延長のさきの、 結婚であったから。 「銀座なんて…初めて」 「そうなのかい?その…  亡くなった御主人とは…?」 「私達、木曽から駆け落ちで  東京へきて、利根川近くに  住んでたのですが…。  二人で東京をウロウロしたことは  一度もないのです」 「そう…そういえば…僕も  仕事以外では銀座は初めてだな。  戦前は故郷の和歌山から  ほぼ出ることはなかったし」 「和歌山も良い木の育つところだと  聞いたことがあります」 「ああ、良い所だよ。  南紀のほうには梅の名産地が  あってね、冬の終わりには  白や赤の花が山を埋めつくすんだ」 美しい峰を背景に 不意と…かず子の姿が… 春紀の脳裏を…霞めていった…。  
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