1.もう一人の私

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1.もう一人の私

 小学校の帰り道に、馴染みの駄菓子屋があった。そこには妙齢の女性店主がいて、薄く化粧を施したうりざね顔に浮かべた優しい笑顔や落ち着き払った語り口が、とても魅力的に思えたものだった。二人の兄や同級生の男の子とばかり遊んでいた私は、きっと自分も年を取れば、自然とおしとやかになるのだろうと勝手に想像していた。しかし現実は少し、いや、かなり違っていたようだ。  つい先ほどのことである。私は、目の前の高砂席に座っている元彼氏と元後輩の顔面に、ピンク色のシャンパンを勢いよくかけた。彼らは狂気の行動に転じた私を、黙ったまま、畏怖の表情で見上げている。少しはなにか言葉を発してくれればいいのに。だから私もなにも言えずに、膝を震わせながら立ち尽くしている。  事態を察した司会者は、あわててスケジュール確認をしているようだ。結婚式を盛り上げるための演出の一部として急遽付け加えられたのかどうか、調べているのかもしれない。  勝手に盛り上がっていた会場の人々は静まり返っていた。背中に感じる、ありとあらゆる好奇の視線。ようやく司会者がマイクを取った。 「ご新郎様ご新婦様の仲を取り持ったキューピッド、水城万千様からのシャンパンシャワーでした。水城様、ありがとうございました!」  盛大な拍手に包まれながら、用意されていた席に戻る。放心状態で腰を下ろすと、事情を知っている同僚の沢村遥香が心配そうに声をかけてきた。 「万千、大丈夫?」  大丈夫ではない。今にも飛び出してしまいそうなくらい心臓が高鳴っている。けれど、大丈夫かと聞かれたら、こう応えるしかない。 「うん、大丈夫」  遥香は安堵のため息を漏らしてから、少し責めるように言った。 「お祝いの席なんだから、今日だけは我慢したら良かったのに」  我慢なら、私はずっとしてきたつもりだ。三年付き合ってきた彼氏を、一生懸命面倒を見てきた後輩の女の子に奪われても、何食わぬ顔をして今日まで過ごしてきた。彼女は知らないのだ。この結婚式場を押さえたのが私だということを。  そう、あいつの隣に座るのは、私だったのだ。ほんの三ヶ月前までは。  なにが、「社内恋愛だから秘密にしておこう」だ。新婦の名前だけ伏せた招待状を送るとかどうかしていると思うべきだった。私は相当舞い上がっていたのだと思う。だから気付けなかった。彼は虎視眈々と後輩を狙っていて、最終的に後輩の心を手に入れることに成功した。私はいつの間にか別れていたことになっていたし、挙句のキューピッド扱いである。やはり無理だ。もう耐えられそうにない。
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