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普段から接点を持たないようにしていたのは確かである。本音の私は、女性の身なりと言葉使いをする兄のことが受け入れられないのだ。本人を目の前にして、とてもそんなことは言えないが。都合のいい時だけ頼りにするなんて、さぞかしひどい妹だと思っているかもしれない。私はいったいどう反応すれば正解なのだろうと考えながら、おずおずと訊いた。
「私になにかできることがあると思う? お兄ちゃんみたいな霊感があるわけじゃないし、おまけに癇癪持ちだし」
癇癪持ちであることを自ら認めた発言に関しては特に触れることなく、純はさらりと微笑んで言った。
「できるわ。むしろ万千にしかできないはずよ」
「どうしてそんな自信を持って言えるの?」
「魔法使いの娘だからよ」
「私はまだお母さんが魔法使いだって認めたわけじゃ……」
伏せ置かれた鏡が光を放ったような気がして、そちらへと視線を向ける。私の脳裏には、鮮やかな色彩に彩られた映像が流出した。私は私以外の何者かに変身し、今まさに白壁の小さな家の上空を舞い、鬱蒼とハーブが覆いかぶさるレンガの小道へと降り立った。私はそこで餌がもらえることを知っていた。飛来したことに気づいた家主が、玄関から姿を現し、カゴのなかのパンクズを撒いてくれる。私はそれをついばみ、そっと家主の顔を盗み見る。目が悪いので、顔はよく認識できなかった。ただ声とかけられた言葉だけは覚えていた。
「心が決まったらわたしのところに産まれてきてね。魔法の国へ行ける鍵を用意しているから」
そんなものはいらないから餌をちょうだいと私は彼女を急かす。彼女は笑い、また明日、と告げて家のなかに消えてしまった――。
「万千は忘れているかもしれないけれど、子供の頃から、誰よりもたくさん不思議な経験をしてきたはずよ」
純の声で現実に引き戻され、私は黙り込む。不思議な経験? 果たしてそんなことが今日までにあっただろうか? 思い出そうとしても、何一つ、思い出せなかった。ただ、いつの間にかこぼれ出した涙は、留まることを知らないように流れ続けている。心の奥底に刺さった棘が、しくしくと胸を傷めている。救われるためには、私が覚悟を決める必要があるように感じた。
「お願いよ、万千。いったいなにが起きているのか、芽衣子さんに会って、話をしてみて」
純の声が、空から舞い降りてきたように聞こえてくる。
私はその声を受け止め、静かにうなづいた。
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