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2.魔法使いの家
翌日は日曜日だった。
まだ誰にも連絡は取っていない。私は、ぎりぎりまで目を背けて逃げてしまうタイプ。
近所へ散歩へ行くかのような気軽な調子でアパートを出て、電車に乗った。
それから二時間かけて、母とおばが住んでいた家に向かった。
駅から徒歩で三十分。
肌を刺すような紫外線に耐え、ようやくたどり着く。
小さな集落になっており、ほとんどが古くから住んでいる農家のようだった。
そんななか、たくさんのハーブが茂ったオープンガーデンだけが異質な空気を放っていたので、遠くからでもすぐにわかった。
庭と道路は、手製の白い木製フェンスで区切られている。そこを境にして、別世界が広がっている。
ハーブの知識に関してはほぼ初心者に等しい私でも知っているローズマリーはそこかしこにあり、大きな株は大人の腰の高さまでありそう。アーティチョークは重たそうな頭をいくつももたげていたし、紫に白、ピンク色のラベンダーが風に吹かれてそよそよと気持ちよさげに揺れている。その他、名前の知らない色んなハーブらしき植物が、一見して無造作に植えられていた。いわゆるナチュラルガーデンというものが成立しているらしく、そのおかげで雑草も庭の一部になっているようだった。だから、『三十年近く、誰も立ち入ったことがない家』として認識されていても、苦情を言われなかったのだろう。
私は目を上げ、白壁の平屋をまじまじと見つめる。白昼夢に似た幻想のなか、私は鳩の目線になって、ここを訪れていた。昨日の出来事が、まるで遠い昔のことのように思い出されて、なぜか胸がきゅっと締め付けられる。奇妙な感覚である。
レンガの小道を通り、空色の木製扉の前でバッグを探った。鍵を取り出すためだ。
純は、鍵を差し込んでも、回らないのだと話していた。一度だけシリンダーを壊そうと試みたら、工具が歪んでしまったらしい。それが本当なら、私にだってどうにかなる気はしない。
もし、万が一にでも扉が開いてしまい、わけもわからない魑魅魍魎と対面してしまったら? 私にはそれらを退治する術がないのだ。わかっていながら、安易に引き受けてしまったのは――、純のマインドコントロールにはまってしまったのかもしれないと、かなり不安に感じている。兄は、まっとうな商売をしているのだろうかと。
鍵が見つかった。ちゃんと内側のポケットに入れたはずなのに、探すだけで思いのほか時間がかかってしまった。私は緊張感を高まらせながら鍵穴に差し込む。後ろから声をかけられたのはその時のことだった。
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