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「そこにいるのは万千?」
母とよく似た声色の持ち主は、私の知る限り、おばの睦美しかいない。
振り向くと、おばは青空の下でよく映える、真っ赤な花柄ワンピースを着こなしてそこに立っていた。お揃いで誂えたかのような同じ柄の日傘をくるくると回し、おばは弾むように続けた。
「久しぶりね。元気だった?」
正直なところ、私はおばが苦手だった。そんなことを言い始めたら、得意な人物なんて他にもいないのだけれど。私は距離を置きながら答えた。
「こんにちは。ここでお会いするなんて驚きました。もしかして兄からなにか伺ってますか?」
「そうとも言えるし、そうではないとも言えるわね」
おばは苦虫を噛み潰したかのような複雑な表情をしている。言い当てられたことがお好みではなかったのだろうか。いったいなにを考えているのやら、さっぱり想像がつかない。おばはさも名案を思いついたかのように、ぱっと顔を輝かせた。
「そうだわ。そこに自動販売機があるのよ。コーヒーとトマトジュース、どっち?」
斬新な選択肢である。突拍子がなさ過ぎて、目眩すら覚える。
「あ、じゃあ、コーヒーで」
「あたし買ってくるわね」
おばはいそいそと小走りで遠ざかり、間もなくして戻ってきた。黒いレースのバッグから取り出して、一つを私に手渡した。コーヒーではなく、みかんジュースだった。おばは炭酸水を開けながら言った。
「あたしね、思い出したのよ。芽衣子からずっと前に預かっていたものを。それで思い立ったが吉日。自転車で来たのよ」
「山梨から自転車で?」
「嫌だわ。新幹線よ」
新幹線を自転車と言い間違えた本人のくせに怪訝な顔をしているので、少し苛立ってしまう。おばの相手をするには、私はひよっ子なのだ。四角い角を丸く掃くくらいの調子でちょうどいいのはわかっているのに。
みかんジュースはおいしいので許せるとして、さすがに軒下でも暑くなってきた。私はおばに提案した。
「よかったら一緒になかに入りませんか? たぶん窓を開ければここよりは快適でしょうから」
「そうね。そうしましょ」
おばの了解を得るなり、私は鍵を差し込み、思い切りよく時計回りに回転させた。引っかかりもなく、実にスムーズにうまくいってしまったので、拍子抜けしてしまうほどだった。扉を開放。しばらく無人だったことを語るように、家のなかにこもっていた湿気のようなものがもわんと押し寄せてくる。少しだけ咳き込んで後ろを振り返ったら、おばはもう姿を消していた。代わりに、幾何学模様が描かれた四角い箱が転がっていた。
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