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遠目に見た全体的な色は、くすんだ茶色である。拾い上げて確かめてみると、かつては鮮やかな彩色が施してあったらしき痕跡があった。紙でできているようだけれど、気になるのは、横並びの小さなくぼみである。数えたら、全部で十個空いていた。これも模様の一部なのだろうか。
箱には鍵穴があったが、継ぎ目が見当たらない。力を加えても、真ん中でパカッと割れることもないようだ。海外土産にありそうな気がした。母からの預かり物とはこの箱のことなのかもしれない。
私は箱を持って、家の外へ出た。強く照りつけてくる六月初旬の太陽。しんと静まり返った庭。おばはやはり一人で帰ってしまったらしかった。しかしまだそう遠くまでは行っていないはずだ。
私は箱のことを訊ねるつもりで道路へ出た――つもりだった。気づいたら庭に戻っていた。レンガの小道でたたずんでいたのである。
嫌な予感がして、今度はゆっくりと、道路に足を踏み出した。すると、ふたたび庭のなかにいた。
何度確かめても、結果は同じだった。いつも緑色の波のなかに押し戻されている。まるで初めからそこにいたかのように。
冷静さを保つよう自分自身に言い聞かせ、まずはスマホを取り出す。案の定というか、電波は届いておらず、圏外だった。これでは純に連絡を取ることもできない。
私の頭のなかには、いつかテレビで観た無人島生活の映像が流れた。こんな時、真っ先に確保しなくてはいけないのは水分だったはずだ。私は願うようにして、庭にあった水道の蛇口をひねった。
水は出ない。出るはずがないのだ。なぜならここ何年も空家だったのだから。
それでもあきらめきれずに家のなかに入った私は、キッチンに洗面台、お風呂の蛇口をひねり回して歩いた。どこもうんともすんとも言わなくて泣きそうになった。こんなことなら、みかんジュースをもっと大事に飲むべきだった。小さい缶のなかには、望めばひと思いに飲み込めてしまう量しか残っていないのである。
他に水分を確保できる方法は? 雨が降るまで待つべき? いや、その前に、純が気づいてここへ来てくれればいいのだが――。
考えれば考えるほど焦りは募るばかりで、なにもいい案が浮かばない。
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