1.もう一人の私

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「なんにも知らないくせに」 「そんな風に言うなら、説明してみなさいよ」 「あの席に座るのは私だった。後輩に彼氏を取られたの。自分でも知らないうちに。式場を予約したのだって、私だったんだから」  こんな情けない釈明をする日が来るなんて考えたこともなかった。いっそのこと全部、夢ならいいのに。残念ながらこれは現実で、私は惨めな道化師だ。  純は私から視線を逸らししばらく黙り込んでいたが、ようやく口を開いた。 「あんたは嘘つく子じゃない。事情も聞かずにいきなり怒鳴りつけたのは悪かったわ。でも。だからって、割れたガラスの破片で今にも襲いかかりそうなパフォーマンスをする必要があった? やり過ぎよ」  襲いかかるつもりはなかった。しかし匂わせたのは確かだった。私は無言で純の顔を見つめる。きれいにメイクをした頬に、大粒の涙がいく筋も流れていく。家族を悲しませてしまった。式場のスタッフに対するものと同等かそれ以上に心が痛んだ。私は取り返しのつかないことをしてしまったのだと感じた。やはり間違っていたのだ。少なくともあの場面では、おとなしくしているべきだったのだ。 「ごめんなさい」  驚くほど素直に言葉は出てきたけれど、自分でも薄っぺらいものであるような気がした。  忍は相変わらずマイペースに缶コーヒーを飲むだけ。もしかしたら中身はとっくの昔に空になっていて、口に含むふりをしているのかもしれない。純はハンカチを取り出し、目元を丁寧にぬぐっている。やがておもむろに言った。 「しばらく休みなさい。落ち着いたら二人に謝罪して、会社にも出向いてきちんとお詫びすること。できるわよね?」 「できると思う」  なんだかますます自分が胡散臭く思えてきて、私は下を向く。兄たちは気づいているかもしれない。私がまだ心の底から納得などしていないことに。けれども、形式上、こうするしかなかった。大人になるとは多分こういうことなのだろうと。姑息な私は考えている。  純は立ち上がった。私の後ろに回りこみ、両肩をぽんとやさしく叩く。 「偉大な魔法使いの思し召しの通りになったわ」 「魔法使い?」  いったい誰のことなのだろうか。おうむ返しに問いかけたが、純はそれには答えずに、「こっちへ来て」と告げてよこした。さっさと奥まったところに設置された、怪しげなテントの方へと歩いてゆく。私より先に、忍が向かっていた。どうやらここで解散するつもりはないようだ。なにがなにやらさっぱりわからないまま、私も後に続く。  お隣さんのインド雑貨店には客が一人も入っておらず、目が合った波江億人がひらひらと楽しげに手を振った。ますます苦手なタイプの人間だと思った。
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