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ベージュ色のテントのなかは、見た目よりずいぶん広かった。真ん中に丸テーブルを置いているが、ゆうに五人は入れそうである。出入り口の真正面には、太陽をデフォルメしたかのようなマンダラがかけてあり、今にも神秘的な儀式が始まるかのような雰囲気を漂わせている。
仕事場へ足を運んだのは初めてだった。純は本当に占い師をして生計を立てているのだと実感させられた。
椅子は四個並んでいる。私は忍と一つ分開けた場所に腰を下ろす。テーブルの上には、一通の封書と解読不可能なまじないの言葉が円になって描かれた鏡が伏せて置かれていた。息が詰まるような胸苦しさ。純は静かに封書を手に取り、中身を取り出す。白い便箋を開き、私の前に差し出した。
「お母さんが生前残した手紙よ。私たちきょうだいに向けて」
母の芽衣子は三年前に亡くなった。海外のあちこちを移住して歩いていた彼女は、インドのとある片田舎の村で命を落とした。川で溺れていた少年を助けた直後、力尽きて、眠るように息を引き取ったそうだ。もともと不整脈があったから、無理がたたったのかもしれない。
私は骨だけになった母と対面したが、特別な哀惜を感じることはできなかった。兄たちの前では悲しむそぶりを見せていたけれど。なぜなら私には、母から愛された記憶がないからだ。頑張っても褒めてもらえなかったし、それ以前に、やさしく抱きしめてもらった覚えがない。脳裏に刻まれているのは、つめたく拒否されつづけたことだけ。母は私が嫌いだったのだ。そんな母が私になにかメッセージを残しているとは思えなかった。それでもいくばくかの期待を抱きながら、私はおそるおそる手を伸ばし、手紙を受け取った。そこにはこう書かれていた。
――万千が二十五歳を迎える時、大変な危機が訪れます。きょうだい三人で力を合わせて乗り越えるように。偉大な魔法使いより――
大きくゆったりした筆跡は、間違いなく母のものだった。母は自ら、『偉大な魔法使い』を名乗っているらしい。ひどく馬鹿馬鹿しく思えるのと同時に、特別な言葉が残されていることをほんの少しでも期待した自分が惨めに感じた。
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