1.もう一人の私

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「なにが映っても驚かないでね。これはもう一人のあなたなのよ」  人前で鏡をのぞくのは嫌いだ。好きなパーツが一つもない自分の顔が映るから。だから私はおそらく本当に嫌な表情をして鏡を見たのだろう。純が思わず眉をひそめてしまうくらいに。  不思議な現象は、瞬間で起きた。いつもの平たい私の顔に重なるようにして、もう一人の誰かがこちらをじっと見据えていた。初めは薄ぼんやりとしていたが、次第にはっきりと見えるようになってきた。燃えるような赤い髪に茜色の瞳をした彼女は、悲しげに私を見つめ返している。 「これがもう一人の自分……」  信じられなかった。なにか仕掛けがあるとしか思えなかった。私は鏡のなかにいる彼女に向かってそっと右手を差し伸べる。  しかし彼女が私と同じ動作をする様子はなかった。髪や瞳とは正反対の色味のない唇をうごめかし、私になにかを訴えかけている。 「ごめんなさい……、なにを言っているのか全然わからない……」  あきらめたのか、彼女は、短いフレーズに絞ることにしたようだ。何度も同じ動きを繰り返しているのが見て取れる。それでも、私には理解できなかった。違う言語を使っているのかもしれないと思った。だとしたらお手上げだ。 私は通じないかもしれないと考えながら伝えることにした。 「いつかきっとあなたを迎えに行くから。それまで待っていて」  自分でもどうしてそんなことを言ったのかはわからない。気づいたらそう言葉にしていた。私は鏡から目を上げ、純に訊ねた。 「お兄ちゃんたちにも同じように別の誰かが見えるの?」  純はこともなげに答えた。 「見えるわよ。でも、どんな風に見えているのかは内緒」  忍は元よりなにも語るつもりはないらしい。実は寝ているのではと疑いたくなるほど、息をひそめて座っている。  私も彼には問いかけるつもりがなかったので、純に向かって言った。 「これがお母さんの持ち物だとしても、私はまだなにも信用していないから」 「いいのよ、それで」あっさりと純はうなづき、続けた。「お母さんも別に信じてほしいとは思っていないと思う。そういう人だから」  なにやら引っかかる言い方である。三年前に亡くなったはずなのに、まるで今でも生きているかのような――。
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