レインマン、サニーレディ

　雨が降り出した。
　前触れもなく強めに降りだし、周辺のビル街を歩く人々が、銘々に傘を刺したり建物内に駆け込んだりした。
　彩子(あやこ)は、怪訝な表情で周囲を見渡した。
　雨に濡れるのも構わず、街を歩く人々の顔をひとりひとり眺める。
　濃い茶色に染めたセミロングの癖毛から細かい水滴が落ちた。
　昼休み。
　近くの店で昼食を食べようとしていた。
　今日の降水確率は、八十パーセント。
　しかし、雨など降るはずは無かった。
　彩子はいわゆる晴れ女だった。しかも驚異的な確率で晴れを呼ぶ体質だ。
　外出中に雨など出会ったことはない。
　雨が降るとしたら、考えられることはひとつ。
　斎(いつき)が近くにいる。
　どうしようと思った。
　もうとっくに別れたのだ。
　周辺を見回し斎の姿を探しながら、彩子はこの場をさっさと立ち去るかどうか迷った。
　雨男の斎は、好きだったけど一緒に暮らすのは、どうしても無理だった。
　子供の頃から晴れ女として暮らしてきた彩子とは、考え方も生活習慣もいちいち違っていたのだ。
　一年間一緒に暮らして、この人とはやっていけないと分かった。
　今さら会っても。
　そう思ったとき、後ろから傘を射しかけられた。
　透明のビニール傘だ。
　常時傘を持ち歩く斎は、失くしてもいいように、いつも安いビニール傘を使っていた。
　他の持ち物はそれなり良い物を使っているのに、傘だけ使い捨ての物を使うところが、ちぐはぐな感じがして、付き合う前は可愛らしくさえ思った。
　だが今は、傘が自分たちの間の壁のひとつだったとすら思えて来る。
「相変わらず傘を持ち歩かないんだな」
　背後で斎は言った。
　低めのいい声だ。
「あたしに必要ないじゃない」
　彩子は言った。
「それでも念のため持ち歩くってことは考えないか？　現にこうやっていきなり降られてんだろ」
「斎が近付かなければ降らなかったでしょ。なに近付いてんの」
「しょうがないだろ。この辺歩ってるとは思わなかった」
　斎は困惑したような声で言った。
「職場、変わったの」
　彩子は言った。
「旅行会社辞めたのか？」
「違う支店に異動になったの」
　ああ、と斎は納得した声を出した。
「今でも快晴率百パーセントの奇跡の添乗員って言われてるのか」
　斎は背後で笑ったようだった。
「……仕事先で斎と出会ったおかげで九十六パーセントに落ちた」
　ああそう、と斎は当惑したように言った。
「取りあえず、どっか店に入らないか？」
　斎は言った。
　雨はますます強くなり、ビニール傘を叩きつける水滴が、大きな音を立てていた。
　足元を雨水が流れ出し、少し離れた場所はもう、灰色に霞んでいる。
「……周りの人に迷惑だから」
　斎は言った。
　雨男ぶりに、ますます磨きがかかっている気がする。
　そうだね、と彩子は返事をした。