7人が本棚に入れています
本棚に追加
飛び込んだすぐ近くの喫茶店は、若い女の子向けの可愛らしい内装だった。
ピンクと白の壁紙に、至るところにある猫のキャラクター。
男性の斎は少々浮いていた。
「何ていうか……雨やんだら、すぐ店移ろうか」
店内を見回し彩子は言った。
「……いやいいけど」
店内の客は、若い女性や女子高生ばかりだ。
居心地が悪いのを堪えているような表情で斎は言った。
運ばれて来たサンドイッチを一枚ずつバラバラにし、中に挟まれているものを念入りに確認してから元に戻す。
相変わらずだと彩子は思った。
雨男の斎は、常に黴の生えやすい環境で過ごしているので、食べるものはこうして細部まで確認してから食べる。
一緒に暮らしている間は、食材の保管の仕方に非常にうるさかった。
その上で、出来ることなら黴の生えにくい食材を選んでくれと言われた。
別れる前の数週間は、喧嘩ばかりしていた気がする。
行く先々が常に晴れている彩子は、あまり黴を気にしたことがなかった。
食材で気にするのは、せいぜい乾燥するかしないかくらいだ。
それを斎は、ズボラなんだと言った。
洗濯物を干すときも違っていた。
晴れ女の彩子は、急な雨で急いで洗濯物を取り込むなどという経験がなかった。
斎が休みで家にいる日は、必ず俄か雨に降られた。
降っているのを知らずに干していたと毎回くどくど言われた。
一緒に住んでいれば一番幸せなはずの休日に、いつも洗濯物のことで喧嘩になった。
掃除の考え方も。
彩子が常に気にしていたのは、埃が部屋に溜まることくらいだ。
掃き掃除を一番マメにする方だった。
斎は違っていた。
じめじめとした環境で、物に手脂が付くのを嫌い、常に拭き掃除用のウェットティッシュを用意していた。
防黴剤の類いは常に一式揃えられ、洗面台の下の小物置場には、防黴スプレー、防黴燻煙剤、防黴洗剤、防黴芳香剤、防黴シート、黴抑制プレート、黴取り剤がぎっしりと並べてあった。
それを全て的確に使いこなす斎が、別れる間際には、もはや家事の手抜きを責め立てる悪魔に思えた。
最初のコメントを投稿しよう!