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「それで、思ったんだ」
テーブルに突っ伏したまま斎は言った。
「俺には、強力な晴れ女が必要だと気付いた」
斎は顔を上げた。
「彩子」
真っ直ぐにこちらを見た。
顔立ちだけは整っている斎は、真顔になるとやはり見応えがある。
「お前が必要なんだ」
次に来る言葉を予感して、彩子は慌てた。
「……斎」
「頼む!」
斎はテーブルに両手を付き突っ伏した。
大きめの斎の声に驚いて、周囲のテーブルにいた女の子の何人かがこちらを振り向く。
「絶対に家事がどうこう言わない。いや、食中毒になりそうな範囲は言うかもしれんが、出来る限り口は出さない!」
「斎……」
彩子の心臓が早くなった。
顔が紅潮しているのが自分で分かる。
わ、別れたのにどうしよう。
まだ好きだけど、でも。
「い、斎。あのでも待って」
「彩子、俺と一緒にンガウンデレに来てくれ!」
「どこそれ」
彩子は不意に真顔になった。
斎も真顔で見返す。
「旅行会社にいるのに知らないのか」
「あたし国内担当だもん」
「ンジョブディが興した街で、先住民はムブム族。ンガウンデレから砂漠続きのチャドのンジャメナを数ヵ月ごとに移動してる」
「日本語で説明して」
斎は溜め息を吐いた。
「ここのところ、現地の少数民族の言葉ばっかり使ってたから、日本語の勘がいまいち戻らなくて」
「どうやって覚えるのそういう言葉」
外の雨が、少し小振りになった気がした。
まだ止んではいないようだが。
「仕事しながらいろいろと考えた。やり直せないかなとか、もう駄目かなとか、いい服着てデートしても足元がいつも長靴じゃ申し訳ないなとか」
「ああ……毎回ほぼそんな感じだったね」
彩子は落ち着き払って言った。
一度ドキドキした心臓が、漫才みたいな遣り取りで何か萎えてしまった。
「また一緒に住んでも、いちいち洪水起こして定住出来ないようになったら申し訳ないなとか、床上浸水が心配だから一階には住めないなとか、そうなると家賃が少々上乗せされるなとか」
「一階に住んでる人心配してあげなさいよ、ちょっとは」
彩子はアイスコーヒーをかき混ぜながら突っ込んだ。
「黴が生えたものを毎日のように捨てさせるのも申し訳ないし」
「そうだね」
彩子は言った。
斎と住むまで黴はあまり見たことはなかった。
始めはついまじまじと観察して、いろんな色のものがあるとか毛が生えてるとか生えてないとか、無駄知識を増やしてしまった。
「逆に俺は、乾燥したものをそのまま適当にぶっこんだ料理というものを初体験したし」
「……悪かったね」
彩子は眉を寄せた。
「あたしたち、やっぱり合わないんだと思う」
「でもお前と居るときだけ雨が弱まるんだ」
斎は言った。
「ここで会ったのも、やっぱり縁があるんだと思う」
斎はテーブルに突っ伏した。
「結婚してください!」
周囲のテーブルの女性たちが、一斉にこちらを見た。
外は天気雨が降っていた。
終
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