The last scene

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 店員がフラスコとコーヒーカップを運んできた。 「お待たせしました」 カチャ、と小さな音がして目の前に置かれた。 立ちのぼる香りに脳が活性化された気がして、僕は少しだけ強い声を出した。 「この傘、彼に返してあげて下さい」 ミウさんが驚いた顔で僕を見た。 「とてもいい傘なんです。多分あの、知る人ぞ知る、老舗の傘屋さんの。梅雨に入ったし、彼、この傘を探しているかもしれない」 この喫茶店を選び、上質(シック)な傘を持っていた彼は趣味がいい人だろう。 その彼が選んだミウさんも、きっと素敵な女性に違いない。 ミウさんの顔がほんの少しだけ、明るくなった。 「……持って行ってもいいかしら」 「勇気を出して」 僕は無責任に励ます。  ミウさんは携帯の時計を見ると、 「私、もう姪のお迎えに行かないと」 折りたたみ傘をバッグにしまい、赤い傘を持って立ち上がった。 「あの!」 僕はミウさんの後ろ姿に声をかけた。 「なにかあったら、またここで会いましょう」 ミウさんは振り向いて微笑んだ。 「ありがとう」 そして店を出ると、窓の外から小さく手を振った。 今日の雨の細かい水の粒子が、ミウさんのまわりを舞う。 赤い傘は揺れながら消えていった。
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