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The scene 1
その日、僕は油断していた。
空はすっかり泣き出しそうな天気だったのに、傘も持たずに会社を飛び出し、電車に乗ってしまった。
今日アポイントメントのある取引先はこの駅から徒歩10分だ。
走って5分、少しの雨なら突っ走ろうと思っていた。
しかし、駅のコンコースから外を見ると、雨は急に激しくなり、ゲリラ豪雨の様相を呈してきた。
ずぶぬれで取引先に向かうわけにはいかない。
しかたなく、すぐ横にある喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けるとコーヒーの香りがむんと迫ってくる。
店員の声に軽く頭を下げて、一番窓際の席に座って外を見る。
「ご注文は」
「ああ、アイスコーヒーで」
メニューも見ずに言う。
店員の女の子は頷くと戻っていった。
雨が止んだらすぐに出なければ。
それともコンビニでビニール傘を買おうか。
あ、取引先に連絡しないとまずいな。
カバンから携帯を取り出し、連絡先を調べる。
雨脚に叩かれた窓がうるさい。
窓ガラスを派手にたたいて割ってしまいそうな勢いだ。
空は暗く、正午前とは思えない。
腕時計の針がのろのろ動く。
左手の指でたんたんたんとテーブルの上をタップする。
その時、隣から女性の声が聞こえた。
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