0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
雨の日
僕は君を探していた。たった一言伝えるために、僕は走った。1秒でも早く君の元へ行きたかった。
雨のせいか、体がだるい。それでも、僕は君に伝えねばならない。ありがとう、と。
どこかで君の声が聞こえた。それをたどって、君の場所を探る。
大通りを駆け、路地裏を抜け、跳ぶようにそこへ走った。ただひたすらに愛する家族に会いたかった。
子供の声が聞こえる。その方向を向くと、子供達と妻がいた。
彼女は優しそうに、それでいて全て悟ったように笑いかけてくれた。
やっと伝えられる。
『ありがとう』
それだけ言って、僕はまた家族に背を向ける。
家族に情けない姿を見せることは出来ない。体の感覚はとうにない。でも、走らなきゃいけない。そう自分を奮い立たせる。
また僕は、ひたすらに走った。大通りを抜けて、知り合いの家を避けて、果てしなく遠くへ走った。
足が動かなくなり、ここがどこかも分からなくなった。雨はまだ降り続いている。僕は地面に丸まった。そしてそのまま眠った。
それが僕にとっての最後の夜だった。
朝日が昇る頃、彼はたくさんの人に囲まれていた。
「え〜なになに? なんで集まってんの?」
「猫が死んでるんだと。こりゃ塩振っとかなきゃな」
そんな声が聞こえる。彼の遺体は無造作にゴミ袋へ入れられ、捨てられた。
彼の最期は猫として立派だっただろう。
誰も知らない猫の死。そんなのは当たり前で、過ぎる日々とともに忘れ去られていく。
でも、そこには確かに一生分の生きた証が残る。
「ニャー」
どこかで猫の声が聞こえた気がした。
最初のコメントを投稿しよう!