Ⅰ 旅立ち

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 ロムニア男爵には息子が一人と、五人の姫君がいる。どの姫君も(うるわ)しく、聡明との聞こえが高い。中でも末の姫君ユリゼラは、その美しさにおいて比較出来るものがないと(うた)われるほどだ。しかしながらユリゼラは体が弱く、滅多に人前に姿を現さなかった。  男爵自身、親馬鹿ではあろうがユリゼラの相手になるほどの姫はいないと思っている。上の姉たちも賢明ではあるが、それは姫君なりの教養の範囲の話だ。ユリゼラは、政治の話がわかる。もっともこれは、伏せっているユリゼラに問わず語った己の愚痴の所為でもあるのだろうが。  男爵はユリゼラが生まれたときに、そう長くは生きられないとだろうと医師から告げられていた。幼い頃から何度も危ういときを乗り越え、なんとか今まで生きては来たが、恋愛のひとつも知らずにいることが、不憫でならない。しかしこれといって、ユリゼラの相手に相応しいと思える男も見あたらなかった。三番目の娘が商人に嫁ぎ、今は幸せに暮らしていることを思えば、貴族に固執する必要も感じてはいない。容姿に目が(くら)むことなく、心延(こころば)えまで美しいユリゼラを大切にしてくれる男が現れたなら…… 「ふむ。わたしも過保護だな」
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