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夜明け、学校の付近で人を待っていると、この世界の一人目の人間を発見した。私たちと同じ制服だ。
「あの、今って西暦何年ですか?」
思いっきり怪訝な顔をされたが、彼女は1991年だけど、と答えた。
「平成に、タイムスリップしてきたってこと?」
「しかも平成初期」
でもこの時代ならまだ、戻ることができるかもしれない。戦国とか平安とかにタイムスリップしたらテクノロジーもないし、食料や寝床すらないかもしれない。そういう意味では、タイムスリップの中では不幸中の幸いだ。
「平成初期なんて生まれる前じゃん。戦後何年?」
「流石に高度経済成長も終わってバブルも弾けてるのに戦後はないでしょ。でも、戦後40年くらいかな」
「やっぱ戦後じゃん」
田鶴見の中で何年経てば戦後のイメージがなくなるのかわからないが。
その後も学校の付近をうろうろとしていると、女性とがいきなり声をかけてきた。
「あなたたち、ここで何をしているの?」
長い黒髪の彼女は、不気味に笑った。
「もしかして、タイムスリップしてきたんじゃない?」
「え??」
道を歩いていてタイムスリップしてきた人に出くわすのは、平成初期では普通にあったことなんだろうか。
いや、そのはずはない。
現に最初に西暦を聞いた人は思いっきり怪訝な顔をしていた。
「あなた、何か知っているんですか?」
「ええ。放課後になったら和室に来てちょうだい」
この学校には、茶道部や華道部が活動する和室がある。それ以外にもちょっとしたお茶の授業などにも使っている。
放課後、和室へ行くと今朝の黒髪の生徒が待っていた。
「タイムスリップのこと、どうして知ってるかって言うとね、今までも何人もいたからなの。戻る方法も知ってるわ」
「それ、教えてください」
田鶴見は前のめりに話の先を急いだ。
「ええ。それは簡単よ」
彼女は不気味に笑った。
「死ぬことよ」
「え?」
「だってほら、考えてみて。死ねば転生できるでしょ?この時代に魂があるから、元の時代に戻れないの。なら答えは簡単。死ねばいいのよ」
「死ねばいいって」
「田鶴見、落ち着いて。まだ死ぬには早いわよ」
「あら、どうしてそう思うの?とってもシンプル。とっても簡単。死ねば元の時代に戻れる。私がそう言ってるのよ」
怪しい。
過去にタイムスリップしてしまって、藁にもすがる思いなのは本当だ。
あっさり答えが出ていることに拍子抜けしているわけじゃない。
でも、この話はどことなく怪しい。
「別に、信じても信じてなくても私はいいの。だって、選ぶのはあなたたちで、私は見ているだけなんだから。戻りたければ死になさい。ここにいたければいなさい。もっとも、戸籍もない、身寄りもない高校生になってしまったあなたたちがどうするのか、ってところではあるけど」
「あなた、この状況を楽しんでいるの?今までに実際、それで戻れた人がいるっていうの?」
ふふ、と彼女は態とらしく笑った。
「あなた、質問は一つにするようにした方がいいわ。でもね、今までにもタイムスリップしてきた人はいたし、彼らはみんな死んだ。それは事実よ」
「戻れたの?戻れてないの?」
「そんなの、確かめようがないじゃない?私は未来にはいけない。彼らも、未来から過去に伝言を出せない。だったら、結局のところ、みんなが未来に帰れると信じて死んでいったことに意味があるでしょう?」
田鶴見はなるほど、と言っている。
危ない。
「とにかく、お話はありがとうございました。でも、私たちそんな簡単に死にませんから」
「そう。それならどうぞ達者で暮らしてね」
何なんだ、あれは。名前を聞くのも忘れてしまった。
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