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涙雨
父親の月命日はいつも雨がふる。
彼女は毎月一人でお墓に行く。
今日も朝から雨だった。
黒いスーツと喪服は違う。
毎月喪服を買うのが唯一の贅沢だった。
ほかに物欲はない。
欲しいものは天に帰り、自分は一人残されてここにいる。
それは自分の手からすり抜けて永遠に掴むことができない。
大きめの黒い傘をさして、新調した喪服と履きなれたパンプスで向かう。
少し長めの黒髪はやまない雨のせいで湿気を吸うので後ろにまとめた。
石だらけの空間。通い慣れたそこに着くと、正面を向いて傘をたたむ。
仏花をそなえて線香に火をつけるようなことはしない。
彼女がいつもすることは、排石を動かして中にある亡き父の骨壷を出して胸に抱くことだった。
ほかの人間が偶然そこに遭遇したらその行為に驚愕しても泣き声は雨音に混ざって聞こえないだろう。
母親から父を奪い取ったと思った瞬間ふたりは別の世界の住人になった。
父は自分を愛してくれていただろうか。
抱きしめる父の骨壷は答えてくれない。
降り続く雨に濡れていると自分が浄化されていく気がする。
だから雨が好きだった。
まるで父がそこにいるかのようにその月にあったこと、愚痴を全て吐き出す。
どうせ雨の音で誰にも聞こえない独り言。
「ねえ父さん…」
まるで情事の後のように彼女は横になって白い壺に語りかける。
髪が雨を吸い、水が頬に流れてくる。
誰かが彼女を見ても涙には気がつかないくらいの、雨。
「‥あ」
骨壷をなでていた指を見る。
「ネイルはがれてる…」
多分石を動かした時どこかにひっかけた。
この日だけ念入りにお洒落するのに、こんな爪みっともないし恥ずかしい。
細い針が彼女の体に刺さるような雨はやみそうにない。
「また来るね」
今日はいつもより少しだけ長居した。
骨壷を戻して排石で塞ぐ。
もう結んでいる意味がない髪をほどくと、毛先からしずくが落ちていき、さらに無意味な傘をさして彼女は去っていった。
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