知らぬが仏

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知らぬが仏

 乙女ゲームの世界を体験してみませんか?そんなネット広告を私が見つけたのは、十日ほど前のことである。どうやら、乙女ゲームの世界を現実のように体験することのできる、凄いバーチャルリアリティゲームが開発されたらしい。その体験をして感想をくれるプレイヤーを募集したい、ということらしかった。しかも実質デバックをかねているので、お給金まで出るのだという。  一も二もなく私が飛びついたのは当然、自分がそういう趣向が大好きな人間であるからに他ならない。幼い頃からネットで夢小説を読みあさり、好きな漫画のイケメン達にヒロインを差し置いて溺愛される自分を妄想してきた私。大きくなってからも、乙女ゲームを買いまくっては“液晶を飛び越えたい!”と強く願ってきたほどだ。本当に自分がその世界に入り込めると聞いてしまえば、わくわくしない筈がない。最近友人にオススメされたTL小説が自分の趣味に合わなくて、落ち込んでいたから尚更なのである。 ――TL、シュチュエーションは萌えるし、イケメンも超素敵なんだけど。やっぱり、名前がデフォルトなのが嫌なのよね……。  そんなことを思いながら、バスに揺られる私。ゲームの参加会場まで、このバスで連れていってくれるということらしい。  応募者多数につき、応募した後に面接があって、そこで参加者を選ぶことになったのだった。乙女ゲームというジャンルが特に好きな人を選びたいから、という先方の趣旨である。ともなれば、私の十八番。愛だけは無尽蔵に溢れているという自覚がある。私は自分がいかに乙女ゲームを愛してきたか、特に今回募集されているような逆ハージャンルが好きでたまらないかどうかを熱心にアピールしたのだった。また、事前に調べてきた、今回の参加ゲーム“囚われの姫君!御曹司達に溺愛されて……”についての知識もしっかり披露したものである。その甲斐あってか私の熱意は認められ、ゲームの参加者としての権利を得たのであった。 ――やっぱり、主人公が“自分”だと思えないと、どんな萌えるシュチュエーションでも楽しめないわけよ。ティーンズラブ小説ってやつじゃさあ、デフォルト名のまんまだから……結局赤の他人の女がイケメンにわけもなく溺愛されてるようにしか見えなくて、腹しか立たないのよね。そこは私の席なのにどけよ!みたいな?  今回は違う。主人公は、どこの馬の骨ともわからぬヒロインではなく、私自身なのだ。  楽しみで仕方ない。バスがどんどん郊外へと走っていくのを見ながら、私はうとうとと瞼を閉じた。さっきサービスエリアでトイレには行ったし、到着まではかなり時間がかかるとも聞いている。少しくらい寝ておいても、なんら問題はないことだろう。
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