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両手で桜太を押しのけて、ベッド上にあぐらをかく。ぷい、と顔を背けると、ぶっきらぼうに言い放った。
「俺も、お前の不安に寄り添いたい。雨の日に、震えて守ってもらうだけのヤワい存在でいてたまるか」
「かっちゃん……」
ベッドに座りこんだ桜太を置き去りにして、居間に放っておいた薄手のブルゾンを羽織る。紅潮した頬を隠すために、背を向けたまま声を発した。
「腹減った。メシ、食べに行こう」
「え……。母さんの差し入れは――」
「あれは俺の明日以降の大切な食事だ。それに今は中華の気分。ふじみのカマボコ入り炒飯を無性に食べたい」
肩越しに振り返ると、桜太はふっ、と笑みをこぼした。諦念、の二文字が顔に浮かび上がっている。
「俺はタンメンが食べたい」
言いながら近づいて来た彼をじっと見上げる。
中学までは俺の方が高かったのに。
数センチ上から重ねられた唇は、夜気を含んでしっとりと冷たい。静かに瞳を閉じて受け入れると、たちまちに熱を帯びていく。
しばらくの間、唇だけで互いの体に触れあっていた。
「――行くぞ」
「うん」
照れ隠しに眦を強めた一葉を、柔らかな笑顔が包みこむ。
勢いをつけて玄関ドアを開くと、霧状の雨が微かに頬を撫でた。すかさず差し出された桜太の手をやんわりと押し戻す。
「傘は、いらない。この程度の雨、平気だ」
言うや否や、雨の夜へと身を投じた。
怖くない。少しも、怖くない。
雨は、じきに止むだろう。
それに、二人で傘をさせば、君との距離が開いてしまう。
するりと絡められた指を、強く握り返す。
五月の雨が呼び覚ます記憶が、夜道を二人で歩いた幸福に繋がることを願いながら。
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