27人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
雨が、僕を、破壊する。
激しく地面を打ちつけるスコールは怖くない。轟音で万物を威嚇し、稲光を振るう雷雨も平気だ。
僕が怖いのは、音もなく、静かに世界を包みこむ霧雨――あの日の、雨だ。
母に捨てられた五月のあの日――正確な日づけは忘れてしまった。忘れたかった――か細く、でも、絶え間なく降り続ける雨だった。
去り行く母は、一度も振り返ることはなかった。
雨の中、傘もささずに、背筋を伸ばして突き進む背中は、揺るぎない意志を表していた。母が着ていた真っ赤なレインコートだけが、灰色の景色の中で鮮やかに息づいているようだった。
そうして、僕は、取り残された。
さあさあと優しげに、降り注ぐ雨に捕らわれた。何もできずに、ただ突っ立っていた。
今もまだ、立ち尽くしている。
十歳の頃のまま、やむことのない雨の中、一人で――。
最初のコメントを投稿しよう!