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桜太との出会いは小学校四年に遡る。
転校生だった彼は、転校生らしからぬ朗らかさで、たちまちにクラスの頂点へと昇りつめた。
(俺、こいつ、無理)
出会った人はすべて友だち!――そう言わんばかりに、びかびかと笑顔を振りまき、誰彼かまわず輪を形成する深山桜太について、一葉は三語のみで評価を下すと視界から排除した。
好き嫌いが激しく、年齢のわりに大人びていた一葉は、成績優秀者としての地位をおびやかされない限りは、てんで子どもの同級生たちに関心を払おうとしなかった。『とっもだっち、百人、でっきるっかなっ♪』という歌は虫唾が走るほど嫌いな、可愛げのない子どもである。
「かっちゃん! あーそぼっ!!」
桜太が唐突に家を訪れた時には心底驚いた。
当時、まだ家にいた母は、「お友だち」の来訪を喜び、戸惑う一葉をよそにさっさと招き入れていた。
「かっちゃん家、すっげえ豪邸! それに母ちゃんも優しいし、しかも超美人!」
「……あのさ」
母が用意したベルギー産のカラメルビスケットを手に感嘆する級友に、恐る恐る話しかけた。
きちんと正座してビスケットの端をかじる姿に、意外と行儀がいいな、などと感心しつつ、直截に疑問をぶつける。
「なんで、俺なの?」
「ん? なにが?」
きょとんとした顔に他意は見られない。くりっとした黒目がちの瞳にたじろぐ。わかれよ、こいつ。苛立ちを抑えて、もう一度切りこむ。
「遊び相手なら、他にいくらでもいるだろ? 俺……面白くないし、深山とそんなに話したこともないじゃん」
かっちゃん、などと他の級友からも呼ばれたことはない。
愛想も面白味も皆無の、勉強だけが取り柄の医者の一人息子――学校での評価はそんなところだ。上目で答えを探っているらしき桜太から目を背けて小さく嘆息する。
「俺ん家、すぐ近くだから。かっちゃん家より一本裏の通り沿い。俺の家って言っても母さんの実家で、ばあちゃんが主だけど」
「……それで?」
「それで、って、それだけだよ。いつも通学の時に、『あ、ここ、かっちゃん家だ』って思いながら歩いてたし。今日、歯医者の帰りに通りがかったから、かっちゃんいるかなー、って寄ってみただけ」
にこにこと笑う顔は、どこまでも健やかで愛くるしい。
縄張りをパトロール中の猫が、気まぐれに民家に寄りこんだ……それと同じだろう。
特別な一日を、一葉はそんな風にまとめて心の片隅へと押しやった。
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