翠の雨に願いしは

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 ――母さん!!  身を翻した母を追い、ドアを押しやった。すでに庭の道に降り立った母は、わき目もふらずに直進している。  降りしきる雨は地表に落ちて形も成せないほど弱いものなのに、次第に母の姿を霞ませていく。よろけながら外へと出ると、無数の水滴に全身をなぶられた。  雨が、染みこむ。  悲しみと、絶望とを、僕に、染みこませる。  雨が、僕を、破壊する。 「かっちゃん!!」  目の前で炸裂した桜太の声に、夢想は弾け飛んだ。  頭から雫を滴らせる友人は、両手を一葉の頭上にかざしたが、すでに二人は全身ずぶ濡れだった。 「……もういい」 「え? なに?」  呻きとともに吐いた声は届かず、桜太は顔を近づけて聞き返した。もういいって。わかれよ、この――。  細かな雨では隠し切れない涙が溢れていく。大きく穴が開いた心は空っぽのはずなのに。まだ、こんなにも悲しみが溜まっていたのか。  しゃくり上げると、う、と獣じみた声が漏れた。  不意に桜太が両腕を伸ばした。  反射的に瞳を閉じると、頭の上に何かがかぶせられた。パーカーのフード、と気づいた時には、抱きすくめられていた。 「悲しい思い出は簡単には消えない。だから、悲しみを宿しながら強くなるんだ。そうすれば、いつか悲しみは色褪せて、思い出しても平気になれる」  しがみつく桜太の髪に、体に、雨粒が次々と落ちては染みていく。  小さな体にひし、と抱きしめられ、彼が放った言葉が温もりとともに一葉を包みこむ。 「……って、昔、父さんが言ってた。父さんて言っても、俺だけの父さんじゃなくて、別に家族がある人だけど。ひどいよな。俺や母さんを散々、悲しませておいて、そんなことを言うんだから」  周囲を仄白く煙らせる陰鬱な霧雨の中で、桜太の笑顔は虹のように輝いた。
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