翠の雨に願いしは

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 その時、ふと気がついた。  俺、こいつが好きだ――と。  女どもから「可愛い!」などと言われ、犬猫的扱いを受ける友人の童顔をまじまじと眺めて、己の心を探ってみる。 「桜太は?」 「ん?」 「桜太はいんの? 好きな人」  一葉の問いかけに、表情豊かな黒い瞳がしばらく静止する。うーん、と一つ唸ると、彼はごく自然な口調で告げた。 「かっちゃんかな。俺がありのままでいられるし、かっちゃんのありのままも受け入れているつもりだよ。なんてったって、傍若無人だもんね。出会った頃、ここまで周りになじもうとしないヤツ、見たことない!……って、新鮮だったもの。ツンって取り澄ましてお姫様みたいでさ。かまわずにいられなかったな」  軽やかな回答は、愛の告白とも、「好き」の幅広い概念の一つとも、ただの小言とも聞こえた。 「そうか」 「うん、そう」 「……ありがとう」 「どういたしまして」  半ば放心状態で答えた恋愛劣等生を見つめて微笑む桜太は、ひどく寂しげであった。  嬉しい、と思ったのは事実である。  同時に、怖くもあった。  同性同士、ということ以上に、長年の友人関係が破綻してしまいそうで、怖かった。  春霞のように淡く湧き上がった感情は、その後、昂ぶることも、消滅することもなく、大学二年となった今でも、おぼろに一葉の内でたゆたっている。
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