【本編・ちょっと鈍感な彼女SIDE】朝、目が覚めたら知らない部屋のベッドのうえでした

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「課長、どしたんすか、忘れものですか」 「まーそんなとこ」と課長。彼は自分のデスクに向かうと、がちゃがちゃと音を立ててなにか開け閉めしだした。仕事ぶりがパーペキな課長だけれど、意外に抜けてるとこあんだな。  手を止めてふうと息を吐く。  実を言うと、わたしは、課長が苦手だ。取り付く島がないっていうか、とっつきにくいっていうか……。  彼が、わたしの同期ではなく中途入社でたぶん年上のアラサーってせいもあるけど、飲み会には必要最低限。季節ごとの飲み会と歓送迎会だけ出席。  中途だろうが新卒入社だろうがその若さで異例といえる課長職への抜擢。当然やっかみや妬みの標的となったろうがわたしは男ではないのでその辺の心境は分からない。まあ課長職ということもあって、意識して周囲と壁を作ってる空気はひしひしと伝わる。うえに立つ人間って威厳が必要なんだろうし。思えばこの課長が笑っているのをほとんど見たことがない。  長身なだけあってサイボーグっぽい印象。眼鏡かけてるのがまたインテリぽくて鼻につくんだよね。社内の腐眼鏡女子からの視線はアツいみたいだけど。  課長はとっとと用事を済ませると部屋を出てくだろうと思いわたしはディスプレイから目を離さずにいたのだが、 「あと何分で終わる」  どうやらこの課長はわたしに話しかけている。 「十五分ですかね。このマクロ流し終わってチェックだけ終わったらさっさと帰ります」  視線をマクロから譲らずわたしが答える。と、 「分かった」ぼす、とバッグを椅子に置く音がする。「桐島さん。それ終わったら寿司食いに行こう」  それを聞いてわたしの頭はフリーズした。  寿司? え? わたしと課長が? なんで? 藪から棒に。 「……わたしと課長、サシ飲みなんかする間柄でしたっけ……」動揺を押し隠し、そっけない感じでわたしが答えると、課長は、 「カウンターの寿司屋。超うめえぞ」  ごきゅりと喉が鳴る。  カウンターの寿司屋なんて人生一度たりとも連れてかれたことない……。  アイムソーハングリー。アンドベリータイアード。帰ってもひとり自炊。てか閉店間近たたき売りのスーパーの弁当。それよりか……  寿司が、食べたい……。  ごく、と生唾を飲み込んだ。 「おれのおごりだ。言っておくが恩に着せるつもりはない。ひとりじゃ入りにきーからついでに連れてくだけだ」  最後の台詞が、決定打だった。 「頑張ったご褒美だ。好きなもんを好きなだけ食え」
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