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「うん? 桐島ちゃん、なんかいいことあった?」
わたしはメールに集中していて気づかなかったのだが、彼はどうやらわたしの席の後ろに回りこんでいた。てかそんな暇あるなら見積もりとっととチェックしろよ。
「ないです」わたしは冷たく答える。絡まれるとめんどくさいんだこの先輩。飲み会のときも。
「またまたあ。髪、切った?」
「いいとものタモさんですか。切ってません。なにもありませんよ」
「来てるのがおれひとりでよかった」きしし、と後ろに立つ彼は笑いデスクに手をつき、わたしの顔を覗きこむと、
「ついてるよ、ここ」
と、自分の首根っこを押さえたのだった。
キスマーク……!
慌ててバッグからスカーフを取り出してぐるぐる巻く。襟付きのシャツで隠してたつもりが、見えてたみたいだ。
その慌てた様子が可笑しかったらしく、道中さんはけらけら笑う。「桐島ちゃんにそんな男がいるとはねえ。いつから?」
「えっと……」
この先輩は。
わたしがにこりともしない冗談を言わない女だからかえって構ってくるというのをわたしは知っている。
ならば――
わたしは椅子を回転させ。
にっこりと、微笑んでみせる。
なに? と好奇をむき出しにした彼の瞳が揺れる。
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