第7章 コムラサキ星系へ

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第7章 コムラサキ星系へ

「ムリだぜ! トレジャーハンティングするっていう前提での契約なんだ。ライコウがついていけない作戦計画なんて却下だ!!」  アキトはシャトルのブリーフィングルームの机を叩き、声を張り上げて反対した。  質問は最後だ! 最後まで聞けと言われ、”作戦計画”とやらを我慢して全部聞いた。  ジンのスムーズな作戦計画の説明には、つけ入る隙がなかったというのもある。その鬱憤が爆発した側面は否定しない。  だが、なぜだ? ジンはブリーフィング慣れしているような気がする・・・。ここは軍隊か? と小一時間ほど問い詰めたい。  しかし問題の本質はそこだけじゃない。壁一面の大型ディスプレイに表示された最初のページに”作戦計画書(簡易版)”とあることだ。  簡易版ってなんだ?  何を隠しているんだ?  イヤな予感がするぜ。まったくもって危険なニオイだらけの作戦計画だ。  そもそもトレジャーハンティングなのに作戦って名前をつけるか?  通常なら、ハンティング計画だぜ 「それにワープ航路の選択が雑すぎだぜ。往きに燃料を使いすぎて、水の補給ができねー。そうなると、最悪帰れなくなるぜ」  そう、オレはライコウの性能をダシにして、計画自体を破棄させたかった。  危険なニオイは嫌いじゃない。トラブルも避ける気はあまりない。  だが、コイツらは危険そのものだ・・・絶対に、危険とトラブルがセットで襲い掛かってくるに決まってる。 「うむ・・・。では、ユキヒョウへの乗船を許可してやろう。ユキヒョウで共に往けば良い」 「トレジャーハンティングするには、GE計測分析機器が必要なんだぜ。GE計測分析機器は、重力元素開発機構からトレジャーハンターだけが借りられるんだ。ユキヒョウにGE計測分析機器が搭載されてねーだんろ。そうすっと、オレのライコウがコムラサキ星系まで行かなきゃならねー。ライコウは普通の恒星間宇宙船だ。恒星間高速宇宙船や宇宙戦艦のようにトリプルワープエンジンとか積んでねーから、20光年ワープしたら1日そこで停泊する。それで、ユキヒョウはどうなんだ?」 「トリプルワープエンジンだ。それと1度のワープで25光年まで可能だな」  なんだって? ユキヒョウの全長は300メートルちょっとだと聞いている。その恒星間宇宙船に大きなスペースが必要になるワープエンジンを3基も積んでいるとは・・・。  しかも1度のワープで25光年・・・。  なんて性能だ。最新式の宇宙船でも22光年だったはず・・・。  唖然としているアキトに、追い打ちをかけるかのようにジンがユキヒョウの性能を説明する。 「それとだ。ユキヒョウのワープエンジンは、再ワープまで10時間のアイドル時間で大丈夫だな」  コイツらのバックはどこだ?  人が扱う武装のスペックが次世代のもので、ユキヒョウのスペックも次世代、当然ユキヒョウ搭載のマシンのスペックも次世代のものと想像できる。ちょっとした金持ちとかでは説明できるレベルじゃない・・・。 「うむ。しかし、汝の宇宙船の力不足ゆえならば仕方あるまい。ワープ航路の再考を認よう」  ワープ航路の選択が雑になる訳だ。航路図にあるルートなら、どれを選んでも問題ない。 「ああ、ありがとうよ。そっちのユキヒョウの性能はどうだか知んねーけど、ライコウには厳しいんだぜ。・・・残念ながらよ」  ホントは、全く、少しも、些かも、僅かも、露ほども残念じゃない。 「我に、汝の代替案を8時までに提出すること」 「あとよ。惑星コムラサキでの拠点確保は分かるけど、偵察衛星とか最終警備ラインの決定とか、なんだ? この契約はトレジャーハンティングだぜ。そうだよな?」  嘆息しながらもアキトは、作戦計画への反対意見を続けた。 「そうだ。汝が何を問題視しているのか、我には分からぬな」  この危険極まりないジンの作戦計画に対してアキトは猛烈に反対意見を表明する。 「偵察衛星の配置とか、最終警備ラインの決定とか、コムラサキ星系に前線基地でも建設するってーのか?」 「コムラサキ星系で、複数のトレジャーハンティングユニットが行方不明となっている。それへの備えとして、当然の処置だな」  思わずアキトは声を荒げる。 「ちょっと待った! 前提がおかしいぜ。そんなとこ行くのが間違ってんだろ」 「いまさら、みっともないわね。もうコムラサキ星系に行くと契約してるわ。それを前提として作戦計画を精査してくれないかしら?」 「さきほど議論して結論がでた話です。決まったことを愚痴愚痴言うのはトレジャーハンターとしてどうなのですか。それにです。ジン様から直接ご指導いただける幸運を、アナタは噛みしめるべきなのです」  女性2人からの人格攻撃が、地味にアキトの心を抉った。  場所をブリーフィングルームに移す前。  ジンから人が扱う武器について説明があった。その常識外れに高い武器のスペックに開いた口が塞がらなかった。  その時から、もの凄くイヤな予感はしてた。  それに風姫が使用していた武器はとんでもないものであって、今までのオレの常識の埒外に在った。どんだけ威力があるのか推測すらできねーぜ。  アキトが推測できないのも当然である。  その武器の理論は研究者たちには最先端であって、技術者たちには今後、徐々に知られていくだろう。そして実用化にされ、一般人に知れ渡るようになるには、20年以上先と推定されている。  驚愕したアキトは、大声で唸るように台詞に吐く。 「幽黒レーザー?? なんだぁ、それ!」  ジンが理論、技術の解説全般を懇切丁寧に、しかし偉そうな口調で説明してくれた。地頭は良いと自負していたが、理解が追い付かなかった。  そもそも宇宙には、原子等の通常の物質は5%だけで、ダークマターが約25%、ダークエナジーが約70%存在する。  ここまでは知ってる。  ダークマターとダークエナジーは電磁波、平たく言うと光だが、光が反射などの干渉をしないので観測が難しい。しかし、重力波に干渉するので、重力波を測定すれば、ダークマターとダークエナジーを分析することが可能である。  これは理解できる。  重力波を測定するには、重力を操る技術があれば実現できる。そう、重力元素を精錬して製錬した合金鋼『オリハルコン』を活用すれば可能となる。  一般にオリハルコンとは重力元素を含んだ合金鋼をいうが、ワープ用のオリハルコン、重力測定用オリハルコン、重力発生オリハルコンを多種多様である。そして暗黒レーザーは、ワープ用オリハルコンのエナジー活用版である。  ジンの言葉は、頭に入ってきている。  ワープ用オリハルコンは超重力と超エナジーを発生させワープを可能にする。  しかし、実は重力元素とは存在していないと説明された。  ここで前提が狂い、理解が追い付かなくなってきた。  通常物質以上に様々な元素がダークマターには存在し、通常物質との合成された物質の一部が重力元素である。オリハルコンは精神感応物質で、重力を操る元素はミスリルと名付けられている。  オリハルコンを通してミスリルを使って重力を操れたからであり、オリハルコンとミスリル、通常物質が含まれ精製された合金を、通称”重力元素”と呼ぶらしい。  ただ、世の中で重力元素といえば、オリハルコンと呼ばれ定着している。正式には重力を発生させるのはミスリルである。  もう自分の中の常識が崩れ去り、何が何やら・・・。  オレは理解を諦め、ただ脳にインプットをするだけにしていた。  そして漸く武器の説明に入る。  ダークエナジーは大抵、引力とは正反対の力”斥力”を発生する。これはダークマター以上に謎に満ちていて、研究が進んでいないらしい。しかし試行錯誤の上、利用方法を確立していた。それが風姫の暗黒レーザーだった。  その武器の名は『幽黒』という。  オレは心の底から、ふざけるなと言いたかった。全然説明になっていないじゃないか、と。  元々幽黒はダークレーザーか暗黒レーザーという呼び方をしていたが、簡単に武器と推測されるし、ダークや暗黒の語感は悪い、という理由で却下され、幽黒に落ち着いたということだった。  この情報はホントどうでも良かった。だけど、真剣に聞いていないと躊躇せずジンが手刀をオレの頭に落とすので、痛みと共に記憶に残った。  それにしても反抗できない威厳のようなものを漂わせているので、ジンは先生というより教官というに相応しかった。  そして幽黒は風姫だけでなく、ジンや彩香も使っていて予備もあるそうだが、オレには貸せないとのことだった。正確にいうと、貸しても無駄だかららしい・・・。  風姫たちのルーラーリング自体が特殊で、普通のでは取り付けても飾りか籠手としての用しかなさないからだという。  その代わり、幽黒の初期バージョン・・・銃型のものを借りれることになった。欠点は2つで、惑星都市に持ち込めないのと、反応速度が落ちることらしい。  オレとしては初期型で充分だった。  護身用として惑星都市に持ち込むことなどしないし、ルーラーリングからの反応速度と比較すると遅いが、通常のレーザー銃と同じようにトリガーを引くだけでなので気にするほどではない。  ”風”は風姫のオリジナルで、風姫にしか使えないという。原理ぐらい教えろと要求したが、すげなく断られた。 「女は少しぐらい秘密があった方が魅力的と聞いたわ。それに私の秘密を知ると、人生引き返せなくなるわ」  いくら美少女とはいえ、人生の進む道を決められては堪らない。聞かないでおこう。  ただ、風の威力と発動条件だけは教えてもらえた。 「カマイタチの威力は肉を切り刻むぐらいで、骨まではムリのようね。トラック型オリビーぐらいだったら吹き飛ばせるわ。それと、このルーラーリングつけていれば発動できるわ。たとえ両手両足を縛られていても・・・」  笑ってしまうぐらい人間離れしていて、ルリタテハの破壊魔は、呆れるくらい強いことを思い知らされた。  昨日、彩香が妖精姫を助けなかったのも納得できる。彼女は、いつでもグリーンユースを全滅させられたからだ。グリーンユースにとって幸いだったのは、ルリタテハの破壊魔を本気にするほど追い詰めきれなかったことだろう。  追い詰めていたら、彼らは確実に死後の世界を目にしたはずだ。 「それでは作戦計画に汝の訓練計画も盛り込んでおく、コムラサキ星系に到着するまでに休憩なぞ取れると思うな。汝のライコウだと大体、コムラサキ星系まで2日で到着となろう。1日目はシミュレーターで、2日目は実機での訓練とする。実機では風姫の相手ぐらいできるレベルにはなって貰おう。そのぐらいは期待して良いだろうな、アキト。汝は重力元素開発機構の歴史の中で、初めて実技テストでパーフェクトをだし、トレジャーハンターライセンス取得した偉才だとの触れ込みだからな」 「ジン。いくらアキトが偉才でも、私が1、2日で負けるなんてあり得ないわ。それにアキトには覚悟がたりないから、尚更あり得ないわ」  マシンの武器についての説明はまだだった。 「そうですね。昨日の戦闘を拝見した限りでは、お嬢様の敵ではありませんね」 「大丈夫だ。我がアキトを2日間で立派な戦士にしてやろう」 「ジン様、些か疑念を感じずには、いられません」 「ジンの力を疑う訳じゃないけど、果たして可能かしら?」  次から次へと出てくる自分に対する否定的な意見に、アキトは反対する気力をゴッソリと持っていかれた。 「汝ら、それは疑っているということではないかな。アキトに才能がなくとも我がいる」  アキトは「勝手にしろ」と吐き捨てて、3人の気の済むまで放っておき考える。  風姫は何者だろうか? オリハルコンロードでの貴賓車両、宇宙港での貴賓室、桜井支部長の態度を鑑みると、どっかの財閥のお嬢様とかではなさそうだ。血縁に公的でかつ高位な身分をもった人物がいる、ということだろうか?  それと、ジンと彩香はどうか?  ただの使用人とは思えない。  その3人の本人を目の前にした批評がようやく終わり、結論がでたようだ。 「我が汝を預かることになった。しっかり精進せよ」  ジンの重々しい宣告に、アキトは嘆息しながら呟いた。 「・・・もう勝手にしやがれ」  ジンは鷹揚に頷くと、左腕のルーラーリングに手のひら大の無線装置を接続した。  ブリーフィングルームの中央に、半透明の3次元映像が表示された。それは惑星ヒメシロを中心としたスペースステーションやスペースドッグ、衛星とその軌跡が描かれていた。 「ユキヒョウは、このスペースドッグにある」  ジンがそう言うと、一つのスペースドッグが赤くなり、その近くの空いている空間にスペースドッグの映像が大写しになった。 「到着予定が19:30だ」  芸の細かいことに、3次元映像でシャトルの航路を緑色で描き、スペースドッグに入港するシーンを再現している。そして、入港した瞬間に19:30と時刻を表示させた。  時刻の下に小さな文字が、なぜか気になった。ルリタテハ標準時刻との文字が・・・。  惑星ヒメシロのシロカベンでは現在時刻は15:00だが、ルリタテハ標準時とは3時間半の時差がある。ルリタテハ標準時に直すと18:30になる。 「ジン、そこの時刻間違ってんぜ。ルリタテハ標準時刻で表示させるなら23:00だ」  ニヤリと笑ったアキトに、3人は何を言われたのか分からないとの表情を浮かべていた。  小さな間違いだが、時刻の間違いというのは大事故につながりかねない。少し得意になってアキトは再度、指摘した。 「今ルリタテハ標準時18:30だから、ドッグに着くのは23:00じゃねーか? 今すぐ出発したって、あと1時間じゃ着かねーぜ」  3人はようやく理解したようだった。風姫は可笑しそうに微笑み、彩香はやれやれと吐息を漏らし、ジンは出来の悪い生徒を見る眼つきをアキトに向け簡潔に説明した。 「我らのシャトルの現在位置は、そこの緑の場所だ。現在の等速航行の約30分後に減速航行に切り替える。30分後にはスペースドッグ内に等速ゼロで完全停止予定だ」  ジンの示した緑の位置は、すでに惑星ヒメシロの衛星軌道上を指していた。  そのことが、アキトにはまったく理解できていなかった 「とっくに成層圏を突破していますよ」  彩香の言葉は理解できたが、意味の理解に手間取った。  アキトは咄嗟に思いついた反論を試みる。 「揺れなかったぜ」 「当たり前だわ」  取り付く島もない風姫の台詞にイラつきながらも再質問すると、彩香がこれまた素っ気ない口調で説明する。 「このシャトルは核融合エンジンで航行しているのではく、オリハルコンの重力制御で上昇しているのですよ。そしてシャトルの部屋も重力制御システムで、揺れやGの変化を抑えています」  どんだけのオリハルコン・・・いやミスリルを使用しているのか・・・。それに、どんだけ金をかけているんだと、アキトは続ける言葉を失う。  マシンに装備されている武装の説明はこれからだが、アキトは驚く準備だけはしておくことにした。  ヒメシロ行政総合庁舎の最上階28階の窓から男は空を眺めている。空というよりは宙を眺めているというのが正解であるのだが・・・。その男は重力元素開発機構ヒメシロ支部の支部長の桜井だった。  能面老師には脂禿げといわれ、風姫やアキトには暑苦しいデブと思われている男だが、行政官としては辣腕である。  桜井の厚ぼったい唇から迸るツバと言葉で、縦割り意識の強いヒメシロ星系行政組織の長を説得し、”ヒメシロ行政緊急連絡会”を一晩にして組織させることに成功した。しかも、その押しの強さで、代表には自分自身が就任したのだった。  表向きの設置理由は『ヒメシロ星系での災害や事故への対策をスムーズに打ち出すために、各所管の行政分野の垣根を越えた協力体制をトップダウンで指示できるようにするため』という良く分からない設置趣旨だった。  しかし、本当の設置趣旨は単純明快だった。  ルリタテハの踊る巨大爆薬庫対策・・・風姫とジンの引き起こしたヒメシロ星系でのトラブルを迅速かつ最低限の被害に抑え込み、如何に早くルリタテハ星系から出立してもらう。その為に行政組織一丸となって対応することである。  その組織活動が、ひとまず実を結んだ。  ついさっき、ヒメシロ行政緊急連絡会の一斉連絡で風姫たちを乗せたユキヒョウがルリタテハ軍専用スペースドッグを出港したとの報告を受けたからだ。  連絡会を組織していなかったら、これほどスムーズに出港してもらうことは不可能だった。  昨日のうちに連絡会代表指示で、シロカベン宇宙港の今日の定期便すべての出港をキャンセルさせ、不定期便の出港許可を取り消した。風姫たちと一般人を徹底的に隔離して、風姫たちの予定とタイミングでシャトルを出発させ、スペース港ドッグへも彼女たちのタイミングで入港してもらった。  これは『一分一秒でも早く、ヒメシロ星系から離れて欲しい』という各行政長の思いを形にした結果だった。  だが、連絡会の組織力が本当の意味で発揮されたのはシャトルの優先ではなく、風姫たちとグリーンユースとの揉め事でだった。  ヒメシロランドの飲食店”ハンター”から警察に連絡が入り、衛星カメラの映像解析を即座に実行した。風姫とグリーンユースのメンバーの追走劇を連絡会は捉えていたのだった。  シロカベンとヒメシロランドから警察のオリビーが緊急発進した。  連絡会が組織されてから急ピッチで、リアルタイムで情報共有する仕組みが構築されていた。 『シロカベン高速道にて銃撃戦が開始された模様』 『レールガンとレーザービームが装備されているようです』 『銃撃戦だと! 惑星警察は何やってたんだ』  惑星ヒメシロへの銃火器の持ち込みは禁止されている。トレジャーハンターとはいえ民間人が銃を不法所持していることは問題だった。銃撃戦までしているとは尚更である。その上、”ルリタテハの破壊魔”風姫を狙って銃撃している。  これで、風姫がケガでもしたら、惑星警察局の局長以下全幹部が左遷が決まるだろう。  普段偉そうに踏ん反り返っている局長椅子からずり落ちてなければ良いが、と桜井は意地の悪い想像を巡らせていた。 『オリビー1台が大破。保護対象ではありません』 『レスキューを向かわせろ』  次から次へと大型ディスプレイに燦々たる惨状が映し出されていく。そして、報告している者たちの表情は引き攣っている。 『乗ってた奴らは全員逮捕して、留置場に突っ込んでおけ』  惑星警察局局長が叫んでいる。 『保護対象ロスト。高速道から外れました。シロカベン荒野を走行中と推定』 『使える衛星はないのか?』 『シロカベン荒野ではありません・・・』  この時、ルリタテハ軍アカタテハ星域ヒメシロ星系方面部隊への出動要請をするかどうか、ヒメシロ行政緊急連絡会のメンバーで真剣に議論された。  しかし出動要請したとしても、惑星ヒメシロに一番近い部隊は惑星ヒメシロの衛星軌道上に配備されている。どんなに急いでも、現地まで1時間はかかる。  2転3転の末結局、警察と消防を増員してシロカベン荒野に派遣することに決まった時点で、風姫たちが森林公園に現れたのを衛星カメラと森林公園の監視カメラが捉えた。  映画を見ているようなスリリングな映像が森林公園の監視カメラを通じて、次々にディスプレイへと映し出された。  いつも偉そうにしている惑星警察局局長の赤ら顔から血の気が引き、蒼白くなっていった。桜井としては、それは非常に愉快な光景だった。  クライマックスは、最後の峡谷での戦闘である。  ルリタテハの破壊魔とも呼ばれている風姫の本領が発揮されていて、見る者にその名の由来を完璧に理解させるものだった。  竜巻を意図的に発生させグリーンユースを全滅させた姿から、風の妖精姫などという優雅な二つ名は虚像であるとしか思えないだろう。  グリーンユースの全滅で終了した追走劇だったが、これで終わりではなかった。ヒメシロ行政緊急連絡会の仕事は、これからだった。  追走劇に参加していたグリーンユースのメンバーを全員逮捕し、警察による現場検証を実施もせず、工事業者に原状復帰を発注する。森林公園管理事務所は、森林公園の休園を発表したのだった。 『局長、彼女の身柄はいかがいたしましょうか?』 『彼女の身柄とは?』 『この騒動は、両者の争いに端を発しています。彼女を逮捕せずグリーンユースのメンバーだけを逮捕するのは、公正さに欠けると小官は愚行する次第です』 『バカか貴様は? グリーンユースの逮捕は違法兵器の不法所持だ。騒動など起こっていない。よく状況をみて、分を弁えろ』 『しかし・・・』 『貴様は今より自宅待機だ。良いというまで局に出てくるな。分かったな。もう下がれ』  惑星警察局には骨はあるが、頭の固いバカがいるようだ。  それにしても、惑星警察局局長は部下を統制できていない上、この連絡会の目的も理解していない者を出席させていた。その2点で、彼の株は下がりまくりだった。  その後の会議で、事件のすべての痕跡を消し去り、何事もなかったかのようにする。それが連絡会での意志決定となった。つまり、風姫たちには一切手を出さないということである。  その余波で、警察はアキトを保護せず、シロカベン市街まで歩く羽目になったのだ。警察に事情聴取されるよりはマシだろうから、アキトにとって悪くない決定である言えなくもない。  ノックと共に、白髪まじりの頭をした桜井の秘書が支部長室に入ってくる。 「桜井支部長、そろそろ連絡会の会議の時間です。お迎えにあがりました」  一部の隙もない慇懃な態度で桜井を促した秘書は、昨日アキトをここまで、案内した男であった。  特にこれといった特徴のない男だが、態度と同様仕事も隙がなく丁寧である。彼の主な仕事は桜井のスケジュール管理ではなく、各種事前交渉であった。ヒメシロ行政緊急連絡会の影の功労者でもある。 「ジン様の人柄について分析できたか?」 「はい、完了しました。端的に申しますと、追従は厳禁のようです。簡潔な説明と客観的な報告を好み、過度な修飾は不興を買うことになります」 「人事はどうだった?」 「目に留まった人物には、権限とチャンスを与えて仕事をさせ、能力を計るようです。公的な人事権はもっていないようですが、できる者は抜擢人事をされていますので、人事への影響力があるようです」 「ふむ・・・。」  桜井は、しばし思考の渦に沈み込んだ。  ワシは55歳となった。  ルリタテハ王国の王都ヒメアカタテハで重力元素管理機構の官僚となり、40代で幾つかの星系をまわり、5年前に重力元素開発機構の支部長として惑星ヒメシロに赴任した。  ジン様はヒメシロ星系に最低1回は立寄るはず。ヒメシロ行政緊急連絡会の代表としてジン様に評価をいただき、チャンスをもらえないだろうか?  チャンスをもらったとして、この歳でルリタテハ王国の中央へと戻り、政争渦巻く王都ヒメアカタテハで出世が可能だろうか?  ヒメシロ行政緊急連絡会を足掛かりに再び出世の道を目指すか?  それともヒメシロ星系で今の地位を守り、政略とは縁の遠い世界で平和に過ごすか?  桜井は岐路に立たされていて、選択しなければ他人の決定に流されてゆくだけだった。 「ところで、ヒメシロ行政緊急連絡会。貴様はどう思うか?」 「些か、ネーミングに捻りがないようで」 「ほう、どういう名称になれば良いかな?」 「ヒメシロ行政連携会議でいかがでしょうか?」 「捻りが、何処にも入っていないようだが?」 「恒久会議体にするのであれば、分かり易いネーミングにせざるを得ないかと」  相変わらず真面目な顔で人を惑わせる発言をしておきながら、適切なポイントを捉えた意見を具申する余人をもって代えがたい秘書だった。  この秘書のおかげで、何度も精神的な立ち直り、頭の切り替えができた。 「そうだな。それで、ヒメシロに貴様は残るか? それともワシについてくるか?」 「ご随意に」  ヒメシロで得た有能な秘書がともに歩んでくれるのであれば、再び中央に返り咲き、優秀なエリート官僚と渡りあえる。  桜井は窓へと一歩踏み出した。そして、窓の外の遥か彼方にある中央へと往くのを決意した。 「では、往くか・・・。中央へと、な」  厚ぼったい唇からは決意が漏れだし、窓からの陽射しが脂禿げに反射する。反射光は部屋の隅を照らし出したが、そこに人がいなかったのは幸いであった。  桜井が部屋の外へと歩きだし、秘書は静かに付き従った。  風姫とアキトは就寝している時間だが、眠る必要のないジンと彩香はスターライトルームにいた。  ソファに座り宙を眺めているジンからは威厳が満ち溢れ、いつもと異なる雰囲気を醸し出している。 「アキト君は新開家の次男です」  傍らに立つ彩香の口調が、自然と改まったものになっていた。 「ほう、どこぞの馬の骨とも分からぬ、という訳ではなかったのだな」 「だからといって、近づきすぎには気をつけよ、ということですね」 「それは構わん。もともと我なぞも、どこぞの馬の骨とも分からぬものだったからな」 「僭越ながら、口を出させていただきます」 「なにか?」 「ジン様が自らを、どこぞの馬の骨とも分からぬものなどど仰らぬようお願いいたします。他者の耳に入ったならば、ルリタテハ全土へ影響を及ぼしかねません。御身の他への影響を充分に考慮してくだ・・・」  彩香に最後まで台詞を言わせず、ジンが口を挟む。 「知らなかったな。汝は風姫のお目付け役だけでなく、我のお目付け役でもあったのか」 「ジン様!」 「冗談だ。気をつけよう」 「それで、構わないとの真意をご教示いただけませんでしょうか?」 「我は、アキトが風姫と交際しても一向に構わんと考えている。風姫が望むならばな」 「風姫様はまだ15歳です!! それに、お立場もあれば・・・」 「構わんだろう。それにだな、交際するとなると様々な障害が待ち受けるだろう。その障害を乗り越えるだけの器量がアキトにあれば良いだけだ。それより、久しぶりに鍛えがいのある若者、いや少年だな。自ら我の訓練を受けたいというのだ。愉しいではないか。超短期集中特別訓練メニューを考えよう」  彩香はシャトルでの一連の会話を思い浮かべ、アキトはジンの特訓を受けたいなどと言ってないことを確認した。  それは指摘しなくとも、ジンは知っていて言っているだろう。  確信犯ということだ。  それに指摘したところで、アキトを特訓するという考えは変えないだろう。すでにアキトが特訓を受けることはジンの中で既定事実になっていて、どんな手段をとってもアキトに特訓を受けさせるはずだ。  なにせ、我が道を往くの『Going my way』をもじって『強引がマイウェイ』が幾つかある通り名の1つであるジンだ。  しかしアキトは、誰からも同情を集められないだろう。それは、ジンを知る多くの者たちが、彼の特訓を受けたいと熱望しているからだ。
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