2,国境の砦

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2,国境の砦

  今日はライラ姫が国を出て(同盟国にはなったが)元敵国に向かう日。普通の女性ならば悲しみ涙を流す所だが……。 「お父様お母様、レイーラ。エスパルト国の皆もお元気で!」 颯爽と馬にヒラリと飛び乗り駆け出して行ってしまった。 「… …」  荒くれ者と噂の王に嫁ぐ姫を、送るパレードがひらかれた。皆、同情的だった。 「病弱な姫様だったのでしょう? 噂は聞いたことがあるけど、お姿は拝見したことがないわ。やっと回復なさったのに我々の為、国の為とは言え……健気な姫様」 「姫様…… 」 「ライラ姫様…… 」  しかしお城の下働きの者から、城下町の人々。騎士達があっけにとられた。 「副将軍様って姫様だったんだ…」 まるで戦に行くような出で立ちで馬に乗って駆けて行く姫様。遅れないよう急いでついていく護衛に、馬車にメイドを乗せて全速力で走り、馬に荷物を乗せ慌てて後から向かうお嫁入りの一行は今まで見たことがなかった。 「不安だな……」と王が。 「マギー、よろしくね……」后が祈った。 ─────────   隣の国とはいえ、レオパレル国は山に囲まれた国。王の元には二日はかかる。国境に砦があるので、そこに一泊してから一行は向かう予定だ。砦には温泉があり、傷ついた兵士が傷を治すためここに来ることがある。以前ライラもこの温泉に来たことがあった。  「ライラ姫様。お疲れ様でした。ゆっくりとくつろいで下さいませ」  メイドのマギーがライラ姫の荷物を片付けながら話しかけた。 「いや、疲れてないよ。マギーこそ、お疲れ様」にっこり笑う。 「姫様、そこは "少し疲れましたわ" と言わないといけません!」 手を止め姫に注意する。 「なぜ?」 ライラはマギーに聞いた。真顔だ。 「深窓の姫とは、か弱いものです!」 マギーが力説した。こういう時は素直に聞いた方がいいとライラは知っている。 「そう、か」  ライラ姫は簡易なシャツとズボンに着替えて剣を持った。城を出た時と同じ、髪を一つに結ったままのどうみてもイケメンの騎士にしか見えない。スラリとした美男子。 「ちょっと待って下さい!どこへ行かれます?」 焦るマギー。  「砦を見回ってくるが?」 「ええええー!」と自分の両手で頬を包み叫んだ! 「うるさいよ。マギー」 しいっ、と指を一つ立て唇にあてた。 「すみません……」  「じゃ、行ってくる」 「あ、姫様!」 パタンと扉を閉めて、部屋から出て行ってしまった。  国境を守る砦は明かりを絶やさない。 兵士達が交代で見守っている。ライラは砦の一番高い見守り場所に上がり、そこにいる二人の人物に声をかけた。 「ガイル将軍、カズン副将軍補佐官、ご苦労!」 二人はパッとライラを見て驚いた。 「副将軍!!……いえ。ライラ姫様、こんな所へは来てはいけません!」 カズン副将軍補佐官が焦りながらライラに言った。 「差し入れに来た。……もう、なかなか会えなくなるから」 手には肉や果物。軽くつまめるものを両手いっぱいに抱えている。 「お酒の差し入れは、さすがにやめた」 ふっ、と笑う。 「ライラ姫様……」 カズン副将軍補佐官はライラ姫をみつめた。 「ありがたく頂こう」 ガイル将軍はそう言って受け取った。ライラはレオパレル国について少し話をした。主にレオパレル国が侵略してきた事の話だった。  「私がいなくなってもエスパルト国は大丈夫だと思うが、引き続き よろしく頼む」 ライラは二人を交互に見て言った。 カズン副将軍補佐官が、 「ライラ姫様、俺は……」と真剣な顔をして何か言いかけた。 「ゴホン!ライラ姫様、もう戻られないと!」 ガイル将軍は遮るように、ライラ姫を戻るよう促した。 「ではガイル将軍、カズン副将軍補佐官、また」 ライラは二人を後にして降りていった。  砦の見守りの兵士達にもライラは差し入れをした。 「エスパルト国を頼む」と兵士達に声をかけた。 「ライラ姫様!必ず国を守ります! ありがとう御座います!」 「ありがとう御座いました!」 兵士達は喜んでくれたようだ。  ライラが去った後、兵士達は今までの厳しい訓練指導を思い出した。その訓練のおかげで強くなれた。巧妙な戦略で、我々下々の兵士達を守っていただいた。……まさか姫様とは知らなかったが。 「レオパレル国に嫁いでも、ライラ姫様の御身に何かあったら我々は黙っていない」と。  そんな事を兵士達が話し合っているとは知らず、こっそり外に出て秘密の温泉に向かっていた。  歩いて20分位の場所。草木がうっそうと繁り、中腰でくぐり抜けないと行けない。少し斜面にあってそこはだいたい4メートル位の大きさの涌き出た温泉で、流れ落ちたお湯は川に流れて行く。_天然のお風呂だ。  ライラは靴を脱ぎ、両足を温泉に入れた。 「ふわぁ……。気持ちがいい……」 うーん、と、伸びをする。 明日は山を登り、王に会う。緊張しないと言うと嘘になる。 王が “いい奴” だと良いけど……。 ちゃぽちゃぽと足を温泉に浸かりながら動かす。  その時……。 「うわっ!」と言う声が聞こえ、温泉の上から何か落ちて来た。 ボッチャーン!! 「!?」 温泉に滑り落ちたのは、『人間』らしい。そんなに深くはないが頭から温泉に落ちたようだ。湯気でよく見えないが顔を上げてゲホゲホとむせている。 「大丈夫か!」 ライラは温泉に入り手を貸した。  落ちて来た人間は、狼の毛皮を被っていた。上半身はゆったりとしたベストの様な物を着てはいるが、シャツや下着は着ておらず裸。腰辺りに毛皮をまとっていて薄手のズボンを履いているようだ。 まるっきり自国の服装とは違う出で立ち。 腕を引き上げ、その人間が立ち上がった。  ライラより高い背の男。 二人はお互いにずぶ濡れなのに気が付き、笑った。 「大丈夫か?怪我はないか?」 ライラが男に話しかけた。 「すまん、俺のせいで濡れてしまったな」 男はそう言ってライラの方を見て笑った。ランプが温泉の端に置かれていたが、ライラの姿は灯りを背にしているので薄暗く、ハッキリとは姿は見えないはずだ。ライラは夜目が利くので相手の姿はわかった。  レオパレル国の者だな。 『正体を知られない内に帰ろう』と考えた。 しかし男をよく見ると右腕に怪我をしているのがわかった。 「怪我をしている。手当てをしよう」と左手を取り、荷物がある方へじゃぶじゃぶと温泉を歩いた。 「端に座って」とライラは言った。
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