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48,穏やかな風
部屋の開け放った窓から心地良い風が入ってくる。
私が生まれ育ったエスパルト国。
愛する父と母、妹とエスパルト城の皆や国民達。 ……出来れば私が次の王となり、このエスパルト国を治めたかった。女として生まれたが、病弱な “王子” として辺境で過ごした私。そんなに気にはしなかったが、『なぜ』私は王子として育てられたのか分かる年齢になった。父と母は私を守ってくれていた。
「傷も塞がったし、大丈夫!」
マチルダ先生がそう言うと、マギーがホッと一息ついた。
「ただ、いきなり無理はしないこと!剣の握り始めは “型” からだよ」
先生が椅子に座っていた私に話しかけた。
「良かったですね!ライラ様」
マギーが嬉しそうに笑う。
「ありがとう御座います。無理はしません」
私がそう話すと、マギーが私の顔をじっと見た。
「絶対ですよ?」
信じてないな。
「気をつけるよ」私は笑った。
「ライラ様、こちらが届いておりますよ」
マギーがテーブルの上に置いてある、水色のリボンがかかった箱を私に渡した。
「開けていい?」
私がマギーに聞くと頷いた。水色のリボンを解いて蓋を開けた。
「ああ。綺麗だ」
青いビロードの布が敷かれた箱の中に、繊細な細工をされた【ティアラ】がつやつやと月の優しい光の様に輝いていた。職人に頼んでいた銀製品のティアラが届いた。
「職人さんが作った最高傑作ですわね!」
マギーが目をうっとりとさせて話す。
「良い出来栄えですね……。素晴らしい」
マチルダさんが、ほぉ……と少し近寄り出来栄えを褒めた。
「ライラ様の御髪にとてもお似合いですわ!」
私とティアラを交互に見て言った。
「うん、とても素晴らしい。誇れる技術だ」
本当に素晴らしい出来栄えだった。
「ティアラをつけたライラ姫様はさぞかし美しいでしょう。楽しみですね」
マチルダ先生は私に声をかけてきた。ピクリと体が動いた。
マギーはティアラをうっとりと眺めている。気が付いていない。
「ライラ姫様?」
マチルダ先生は私が返事をしなかったので聞き返してきた。
「ちょっとだけ、最近なぜか……落ち着かない。今までこんな事は無かったのだが…… 」
私は最近、今まで無かった精神的不安を感じていた。何か分からずモヤモヤしていた。ついマチルダ先生に不安をもらしてしまった。私らしくない。
「まあ。ライラ姫様」
「……何だろう。私は病気なのか?マチルダ先生」
不安げにマチルダ先生に問う。
「結婚する前の女性は皆不安になるものです。大丈夫、病気ではありません」
マチルダ先生はにっこり笑って私に言った。
「……そういうものか?」
椅子に座りながらマチルダ先生に答えた。
「そういうものです」
そう言いマチルダ先生はニコニコと微笑んでいる。
「お茶を淹れてきました。こちらにどうぞ。マチルダ先生も」
いつの間にかマギーが紅茶とお菓子をワゴンに乗せてきた。
コポコポと紅茶をカップに淹れる音が聞こえる。風がふわふわとカーテンを揺らしている。薔薇の紅茶の香りが部屋に漂う。
「ライラ様、どうぞ」
「ありがとう」
カップを持ち、コクリと紅茶を飲む。……美味しい。
皆で紅茶を飲み会話をする。
もうすぐエスパルトを立ち、レオパレルに行く日が迫っている。こんなにゆっくりと皆で、同じテーブルでお茶をする事は出来なくなるだろう。
そう考えるとやはり寂しくなるものだ。
「ライラ様?」
マギーが黙り込んでいる私に気が付いて声をかけてきた。
「ああ、皆と同じテーブルでお茶をゆっくり飲むのもあと少しだなと思って」
「ライラ様…… 」
マチルダ先生も私を見ている。
「レオパレル国に行かれましたて、何か不安な事がありましたらマギーや周りの者達に相談なさるといいですよ、ライラ姫様」
「マチルダ先生」
目を合わすとマチルダ先生はにっこり笑った。
「夫になるレギン王にも話すと良いですよ」
レギンに?
「王とはいえ、レギン様はライラ姫様の夫となる方。お互いの信頼関係を作って行かなければなりません」
「信頼関係?」
「全くの他人が一緒に暮らす事になります。初めは大変でしょうけれど、よく話し合って信頼関係を築いていくのが “結婚” というのだと私は考えております」
「なるほど」とマギーが呟いた。
「ライラ姫様はライラ姫様らしく、レギン様と信頼関係を作って下さいませ」
ニコリと微笑み、ペコリとマチルダ先生はお辞儀をした。
「私は私らしく…… 」
「はい」
私は少し考えた。私らしくとは。
「ありがとう、マチルダ先生。少しすっきりした」
「出過ぎた真似かと思いましたが、既婚者としてお話致しました」
左手の指には、キラリと光る結婚指輪が輝いていた。
「結婚していたのか」
私が聞くと頷いて「はい」と返事をした。にっこりと笑うその姿を見て良い相手なのだな、と思った。
「私もマチルダ先生の様に、幸せそうに笑えるよう努力する」
腹は決まった。不安はないと言えば嘘になるが私は私らしく行こうと思う。
トントン、とドアが叩く音が聞こえた。
「先ほどラウンさん(レギン王の側近)にお会いしたので、レギン王様に伝言を頼みましたの」
にっこり笑いマギーは椅子から立ち上がりドアへ向かった。
マチルダ先生も立ち上がり、壁際に立った。
「もう、傷は治ったと聞いた」
レギン王がまたライラの部屋に訪ねてきた。
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