6,婚約の儀式

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6,婚約の儀式

  カチリ!……とお互いの目が合った。 二人とも一瞬、目を見開いた。 そこから二人は見つめ合ったまま動かなかった。 ひそ……「ライラ姫様」 マギーの小さな声かけでライラは、はっ!と気がついた。 「ライラ・エスパルトで御座います。よろしくお願い致します」そっと頭を下げた。 優雅な礼 だった。 ふわりと花の香りが広がったかのよう。 そのしぐさにレオパレル国の人々はライラ姫に心を奪われた。 ほう……、とうっとりとする者、みとれてぼーっ、とする者がたくさんいた。  皆の思いと別にライラは焦っていた。 顔は冷静を保っていたが心の中では、 『ヤバい……』とひや汗をかいていた。  目の前にいるレオパレル国の王が昨日 "温泉で偶然会い怪我を手当てした隻眼の男" だった。間違いない。  供も連れず、姫が山で一人。 婚儀の前日に何をしていたのか。 言いがかりをつけられたらこちらに非がある分まずい事になる。  そっと王に視線を戻す。 「?」 何だろう。黒い布で出来た眼帯をつけた隻眼の王はライラを見つめていたかと思ったら、ギッ!と睨んだ。 「レギン・オル・レオパレルだ。母を紹介するから来い」とだけ言いすたすたと歩きだした。 今日は、昨日頭に被っていた物はない。 この国には珍しい、赤い髪色だ。  隣にいた上品そうな女性に腕を向けて、 「母だ。普段は離宮に暮らしている。……話し相手になってくれ」 それだけ言い、自分の席へ戻ってしまった。 「……レギンったら。仕方がないわね」 ふう……と、ため息を吐きライラへ、 「私はエスパルト国の隣のトルト国王家出身、レギンの母マリオンヌよ。よろしくね、仲良くしましょう」 そう言って優雅に礼をした。 トルト国は古くから伝統のある、礼儀に厳しい国だ。 そんな国からレオパレル国に嫁いだとしたら大変な苦労をなされたことが容易に考えられる。 「エスパルト国から来ました、ライラ・エスパルトで御座います。お義母様(おかあさま)と呼んでよろしいでしょうか?宜しくお願い致します」 ライラも貴族の礼を返す。マリオンヌはにっこり微笑んだ。 「嬉しいわ。娘が欲しかったの」 そう言ったマリオンヌ様は白髪が混じった金髪と緑色の瞳。 レギン王は赤髪に茶色の瞳。 ……どちらも受けついてない。 父親似かしら?とライラはふと考えた。 「旅の疲れがなくなったら、離宮の方へいらしてね?ゆっくりお話ししましょう」 「はい。ありがとうございます」 良かった。優しげな方で……。ライラはほっとした。 「レギン!ライラ姫をお返ししますよ。いらして」  レギン王はつかつかとライラ姫の元に来て、いきなり手を取りそのまま連れて行き王の隣に座らせた。 皆の方へ向き 「婚儀は掟に従い、一ヶ月後に行う!」 王は皆に宣言した。 わー!!と歓声が上がり盛り上がる。 「以上だ!後は自由に」 更に歓声が上がりあちこちで、 「酒の追加だ!めでたい!」とまだ飲むつもりだ。 不意に 「酒は飲めるのか?」と王に聞かれた。 「……少しなら」 「ん」と、盃を手渡され、トクトクとお酒が注がれる。 「ありがとうございます」 レギン王は自分の盃にお酒を注ぎ何も言わず、ぐいっと飲み干した。そして、ライラ姫を見た。  ライラ姫は無言で盃に口をつけ、飲み干した。 そして、レギン王を見る。 「互いに合意したと、みなす」 レギン王はそう言って懐から腕輪を取り出し、ライラ姫の左手首にはめた。  実はレオパレル国に伝わる、婚約の儀式だ。王が相手を気に入れば盃に酌まれた酒を飲み干す。  王に酒を注がれ、その酒を飲めば合意したとなる。婚約のしるしに王から腕輪を贈られ受け取れば成立する。  本来なら一ヶ月の間に行えば良いのだが、レギン王はその日に実行した。ライラ姫はこのレオパレル国について調べたりしていてこの儀式は知っていた。 だが、こんな早く儀式が行われるとはライラ姫は思わなかった。  不思議に思っているとレギン王がライラ姫の腕にはめられた方の手を取って、 「お前には一度会っている」と言った。  ライラ姫はビクッと体が動いてしまった。 『しまった』 レギン王を見ると、怪訝そうな顔をした。 ライラ姫はもう昨日の事がバレたかと思い正直に話そうとした。 口を開きかけたとき、 「トルト国とエスパルト国の国境で怪我の手当てをしてもらった事がある」と王が話した。 「お前は父王に付いて戦場に看護兵としていた」 「!」 兵士として実戦をする前にたしかに看護兵として戦場にいたことがあるが……。 王と会った事があるか?と考えたが……覚えてない。 「弓矢があたり、ひどい怪我をした」 きゅっと手を強く握ってきた。 「懸命に手当てをしてくれた。だが片眼を失ってしまった」 あ……! あの時の……!!ライラは思い出した。
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