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2020年
突然大粒の雨が、大都会東京のネオンに彩りを更に加えるように降ってきた。
六代目政龍組直参誠竜会会長伊丹悠介は、高層ビルの一室の、自分のオフィスの部屋の窓から、そのぼんやりとした風景を咥え煙草で見つめていた。
「ひどい降りようね。でも、こういう雨って、夏が来る前の雨よね」
伊丹の隣に女は立つとそう言って伊丹に語る。
「どんな雨だよ。夏が来る前の雨って」
少し小馬鹿にするように女に言う。
「無粋ね。そこはサラッと聞き流してくれても良くない?」
女が笑うと伊丹は、女の腰を抱き寄せデスクに腰を掛けると咥え煙草を揉み消した。
唇が重なり、舌が絡み合う。
伊丹は、大きくスリットの入ったタイトスカートから伸びる、女の細い太ももに右手を当てそのままスカートを捲し上げる。
女は伊丹とのキスが気持ちいいのか、首に腕を回し伊丹の髪を掻き乱す。
「…………続きはどうする?ここでするか?」
女の耳朶に唇を寄せて伊丹は言う。
「…………ここで、良いかもね。雨がカーテンになってくれてるし」
伊丹の首筋を、真っ赤な細長い爪でなぞりながら女は言う。
「あははは。どうせ見えやしねぇさ。何階だと思ってる?」
この一帯では1番高層のビル。
それもほぼ最上階に近い。
「本当に風情がないわね」
女は笑う。
女を拾ったのは数十分前。もちろん名前も知らない。
一仕事終え、戻ってきたところでこの女をエレベーター前でナンパした。
伊丹を見る視線に、女の美貌に、伊丹の食指が動いた。
伊丹は女をデスクに倒しスーツの上着を脱ぐと、皮のリクライニングチェアの背もたれにそれを掛け、カチャカチャとベルトを外し女の脚を開いた。
「伊丹悠介もチョロいものね」
女の口から伊丹のフルネームが溢れた。
「…………おいおい、これから始めるって時にそれはなしだぜ」
伊丹はそう言って両手を上げる。
女は伊丹の額に、大きな胸の膨らみの谷間に隠し持っていた自動拳銃を当てていた。
「取引はタイミングが重要でしょ?私のネタにいくら出す?」
「内容によるな。さっきのキスは別料金か?」
伊丹はベルトをはめると、再び煙草を咥える。
「もちろんよ。煙草に火をつけてあげましょうか?もちろん別料金よ」
女はそう言ってライターを取ると伊丹の煙草に火をつける。
隙が一切ない。
武闘派の伊丹が手出しできない。
どこかで相当な訓練を受けてきた女だと思った。
「取引は?」
「私を国に返して欲しいの。パスポートを用意して」
女の顔を斜めから見る。
カラコンだと思った瞳は、自前だったと理解した。
「お安い御用だ。で?お前のネタは?」
伊丹が言うと女は耳打ちする。
伊丹はそれを聞いて一瞬固まる。
「…………そこまで良く調べていたな。良いだろう。安いもんだ」
交渉成立。
「…………おい。セックスは別料金じゃねーの?」
ソファで横になる伊丹の上に、タイトスカートを捲った女が跨って腰を動かしている。
「はぁんッ!…………んッ!……これは無料。…………子種が、ないんでしょ?お互いリスクなく、楽しまなきゃ……損じゃない」
喘ぎながら女は言う。
どうやって、伊丹の全てをこの女は調べ尽くしたのか謎ではあるが、伊丹はほくそ笑む。
「ああ、据え膳食わぬは、なんとやらだ」
女から漂う妖艶な香りは、女が言うところの、夏が来る前の雨ようだった。
突然降ってきた雨の不安定さが、突然目の前に現れたこの女と重なった。
女が伊丹に近づいてきた目的は、その腕で荒稼ぎをした日本におさらばすること。
その最後の置き土産、女が伊丹との取引材料に使ったのは、伊丹の組が密売の取引を控えている在日中国人マフィアのネタだった。
マフィアの首領は警察と癒着しており、伊丹との密売の取引現場に警察が直ぐに駆けつける算段になっているようだった。
もちろん伊丹も細心の注意は払っていたが、まさかその癒着相手が、たまにゴルフをする警視総監とは思ってもみなかった。
コトが済み、女の要求を数日中に叶える約束をして、女をビルの下のテナントが立ち並ぶ場所まで送る。
アトリウムから見える雨を見て伊丹は気が付いた。
「あ、傘がないな。そこのコンビニで買ってきてやる。待ってろ」
伊丹は入り口で女を待たせると、テナントに入っているコンビニに入る。
入り口にあったビニール傘に手を掛けた瞬間だった。
ダンッ!
銃声に伊丹は振り返る。
自動ドアのガラスの向こうに、銃弾により血を流して倒れている女。
けたたましい悲鳴。
騒然とするテナント街。
夏が来る前の雨よね。
「どんな雨だよ」
伊丹は呟くと、スラックスのポケットからスマホを出し110番にコールした。
雨はいつしか、激しく地面を打ち付ける土砂降りになり止む気配はない。
パトカーのサイレンさえもかき消すほどに。
伊丹悠介
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