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いつの間にか舐めていたキャンディは溶けていて、余韻を楽しみながらカモミールティーを少しずつ口に含んでいく。
窓の外は夕闇に包まれていて、空は茜色に染っていた。もうそろそろ帰らないと親に心配されてしまう。
「あの、すいません」
厨房に向かって声をかける。
「はい」
「お会計したいんですけど……」
財布をカバンから出しつつ彼の目を見た。
「あぁ、大丈夫ですよ」
「え?」
「言葉足らずでしたかね、お代は結構ですよ」
相変わらず優しげな笑顔を浮かべたまま、信じられない言葉を放つ。
「えっと、さすがにタダ食いは気が引けるんですけど…」
「いや本当に大丈夫なんです。実は貴方が当店初めてのお客様でして、それの記念みたいなものです。気にする必要はございませんよ」
「そう、ですか……」
どおりで初めて見るお店だと思ったし、客もいないわけだと腑に落ちる。
「キャンディすごく美味しかったです。可愛らしい見た目だったし、私くらいの歳の子に結構うけると思います」
「ありがとうございます。そうなるといいんですけど」
そうだ、これと彼がショーケースからキャンディを2つ取り出した。透き通るような金糸雀色をしていてこれまた綺麗な色をしている。
「お客様は何色が好きなんですか?」
「水色が好きです」
「分かりました」
そう言うと、どこからか淡い水色の包み紙が出てきた。慣れた手つきでキャンディが包まれていく。
「これ、サービスです」
「サービスだなんて!代金払ってないんですから大丈夫ですよ!」
「遠慮なさならないでください、それにもう包んでしまいましたし」
悪戯な笑みを浮かべ、目の前にキャンディが置かれる。
「あの、このキャンディは何のキャンディなんですか?」
「これは夕晴れのキャンディですよ、茉莉花のエキスを使っています」
「茉莉花…ですか?」
「ジャスミンの事ですよ。匂いは甘めですけど、爽やかさとほのかな苦味があって人気のフレーバーです」
「なるほど」
「2つあるのでぜひその喧嘩中のお友達と食べてみて下さい。甘いものは人を幸せにしますから」
そう言って彼はより一層目を細めた。
キャンディとは違った甘さが私の胸のわだかまりを溶かしていく。
「あの、本当にありがとうございました!」
「いえ、またのご来店を心よりお待ちしております」
何度もお辞儀しながら私はそのお店を後にした。外に出るとクレヨンで塗りつぶしたような美しい夕焼けがどこまでも広がっていた。
無意識のうちにスマホを取り出し、開いたのはLINEのアイコン。トーク画面の1番上に固定されてるあの子をタップする。打ち込んだのはシンプルで、けれど打つには勇気のいる文字。
「言いたいことがあるから明日の朝1番に教室にいて」
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