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「ごめんなさいね。知らないふりをして通り過ぎればいいものを足を止めてしまったの。お上手ね」
私は驚きました。はしたないとお母様のように軽蔑されると思ったからです。
「…でもお母様ははしたないって…」
と思わず口からでて、それさえもはしたなく口を噤みます。その様子をその女の人は見て、くすりと笑いました。それは馬鹿にするようなものじゃなく暖かな笑いです。
「そうね。でも私もその歌好きよ。好きなものは止められないのよ。そしてどんなに努力しても止めることもできないの。身体は縛ることができても心は縛ることはできないから」
脳裏にシャンソンの女の姿が、雨に包まれたお母様の姿が浮かびます。
どんな顔を私はしているのかそこに気を配る余裕はありません。きっと間の抜けた顔で食い入るようにその女の人を見つめているのでしょう。そして、その女の人は私の目の奥に優しく入り込むようにおっしゃいました。
「不自由ね。でも心までも縛ることはできないのよ。いつでもどこでも自由でいられるの。だから自分で自分の心を縛ってしまわないで。何かを好きだって気持ちは、悪いことではない。好きになれるって素敵なことよ。好きなものは好きでいいの」
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