雨空にシャンソン

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 女の人はふっと優しく笑みを落とし、雨の中に消えていきました。私は暫く放心状態だったのですが、お礼さえもいえていないことに気付き、慌てて彼女の方を見遣りました。でも遅かったようです。その姿は向こうの方に微かにあり、土色の蛇の目の傘と藤色の着物がすっと目に映るだけでした。  返しそびれた白い手ぬぐいをじっと見つめました。  夏の若々しい葉っぱが生い茂った木の下は、緩い雨から上手に私を守ってくれています。私はしばらく雨を眺めていました。  誰もいない濡れた道に、静かに雨が降るさまを眺めながら、胸に広がる女性たちの姿を思い浮かべていました。さっき会った女性と小さい名もなき黄色い花を眺めているお母様の姿、そしてシャンソンの女。  それはまるで、雨の音とシャンソンの旋律が優しく重なり溶け合うような感覚でした。  二つの調べは、切ないほどあたたかい色をして癒すように優しさに包まれていました。
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