雨空にシャンソン

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 シャンソンの女と出逢ったのは、今から5年前です。  お姉様と私は、一緒に遠山のおじさんの所にお使いに行きました。姉は14歳、私は10歳でした。私たちはその帰り道、近道だからといつもは絶対に通らない細い小道に足を踏み入れたのでした。  人、ひとり分通れる茂みは、子供ながらに心弾むものがありました。お母様が見たら絶対にお叱りになるだろうことは安易に想像できましたし、それゆえに楽しいものでした。足元の草を草履でくしゃりくしゃりと潰しながら歩く感触さえ覚えているほどです。  お姉さまを先頭に真っ直ぐ行けば紫陽花のお庭があって、導かれるように洋館の前で立ち止まりました。  洋館から聴こえる初めて聞く歌に、私たちは足を止めたのです。  不思議な歌と紫陽花の庭に、隙間から見える大きな真っ白い洋館。全てが見たことのない世界に釘付けになるのに時間は掛かりませんでした。  緑の芝生に敷物を広げ、二人の男女が居ました。  金色の髪と白い肌そして青い目を持つ大きな男の人と、その異国の男に寄りかかった日本人の女の人がいました。その女の人が綺麗な声で歌っていたのです。  着物ではありませんでした。その女性は、最近、世の中に出回っている洋服を着ておられました。白い素足をひらひらの布から惜しげもなく出して。やはりこれは見てはいけない風景なのだと思いました。それでも、私たちは立ち去ることもせずに見続けました。  異国の匂いのする旋律と女性の美しい声。それを愛おしそうに見つめる青い瞳。そして、くすくすっと無邪気に笑う声に囁くように告げられる流れるような言葉が交じり、どうしようもなく恥ずかしくなりました。異国の言葉の意味なんて分かりません。でも、二人さえ分かればいい暗号を交わされているようで、それがなんともいえない気持ちにさせるのです。
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