雨空にシャンソン

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「はしたないわ」  お姉さまは、ポツリと漏らしました。  確かにはしたないとは思いました。それでも私にはそれだけではない、惹かれる美しさも感じておりました。何がといわれてもはっきりお答えできないのがもどかしいのですが、自由に生きる清々しさのようなものを感じていたのです。白い素足をみせ、艶かしい歌を口ずさむ女性の姿が綺麗に見えたのです。 「そうかな、私は綺麗だと思う」  思わず心のままの気持ちを口にした私を、お姉さまは如何わしい者を見るように顔を顰め冷たく言い放つのです。 「…きっと、あなたもはしたないのよ」  私は口を噤みました。もうこれ以上お姉さまと言葉を交わそうとは思えませんでした。  私とお姉さまがこのことについて話すことはありません。この5年間、一度も話題にもしませんでした。私とお姉さまは暗黙の了解で、それぞれの胸にそっとしまって置く事に決めたのです。  それでも頭にこびり付いたあの女性が、時々現れては私を襲います。あの綺麗な声で歌ったあの旋律も忘れられません。だから時々こっそり口ずさんだりしました。    ある日、異国のお客様が来られていることも知らず、お庭の片隅で鼻歌で歌ってしまったときのことです。それを耳にした異国の方に教えて貰ったのです。この歌はシャンソンの「愛の賛歌」だということを。それでこれがシャンソンと言われる音楽だと知ったのです。でも、同時にお母様に知られることになり、この歌を封印しなければなりませんでした。
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