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「確かにずっと雨が降ってるわね。雨と言って良いのか分かんないけど」
「やはり夢ではないだろう?」
「でも……この雨、どっから出て来てるのかしら? ちょっと解体してみる?」
「解体した後、元通りになるのならば解体してみるといい」
「……うーん。壊すのは簡単だけど元通りには難しいわね。あっ! なんか降る量が増えたわ」
「解体すると言ったから大泣きに変わったのだろう」
「えー、じゃあこの傘生きてるっていうの?」
「生きているかはともかく、人の言葉は理解しているのだろう」
「うーん……。ねぇこれってもしかしてだけど」
「なんだ」
「この和傘いつからお屋敷にあるんだっけ?」
「知らぬ。物心ついた頃から既に在った」
「ということは二十年以上前から在ったってことよね?」
「そうだろうな」
「普通傘ってそんなに長持ちする?」
「手入れさえしていれば消耗品ではない限り、早々簡単には壊れまい」
「今どきの傘で三十六本も骨がある傘って中々ないわよね?」
「そうだな」
「ということはよ? この和傘はかなり昔からお屋敷に在ったわけよ」
「うむ。それで?」
「あんた、鈍いわね」
「お前に鈍いと言われると何故か腹立たしいな」
「この和傘はね、使われたくなかったから泣いたのよ」
「何故泣くのだ」
「壊されたくないからよ」
「壊されたくない?」
「そうよ、もう古いから雨に打たれたらどこか破れちゃうかもしれないでしょ?」
「しかし仕方のないことであろう」
「まぁ傘と生まれたからには差されてなんぼなんだけどね。でもきっとこの和傘は……」
「和傘は?」
「和傘になってあともう少しで百年目なんだと思うわ」
「百年……付喪神か!」
「そう。せっかく百年頑張ったのに、金魚の餌やりで穴を開けられたらたまったもんじゃないとでも思ったんじゃないかな」
「しかし気持ちは理解できるが、そもそも内側に雨が降るとなれば使い物にならぬゆえ、捨てるしかあるまいて」
「あんた、薄情ね」
「傘が傘である役割を果たさないのであれば、それはもう傘ではないだろう」
「言われてみればそうだけど、ちょっと情が無さ過ぎじゃないの?」
「……」
「傘の役割じゃなくても、こうやってずっと雨を降らせることが出来るんなら何かの役に立つわよ」
「何かとは?」
「庭に逆さに置いてスプリンクラーでもしてもらう、とか?」
「おい。ますます雨が増えたぞ」
「お気に召さないのかしら。だったらお風呂でシャワーとか」
「冷たい水は嫌だ」
「どいつもこいつも我儘ねー! じゃあ一晩考えるから、取り合えずそこに閉じて立てかけて置きなさいよ」
「相分かった」
翌日忽然と和傘は消えていた。
百年を経て付喪神になったのか、逃げ出してどこかでまだ雨を降らせているのか誰も知らない。
了
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