髪の伸びる人形

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髪の伸びる人形

 久遠ルイ警視は、私物の入った段ボールを持って、警視庁の庁舎地下にある一室の前に立っていた。  今日からこの部署に配属……というか室長に任命された。辞令はついさっき出た。割とむちゃくちゃな異動だったが、警察組織において上の命令は絶対だ。  古い扉で、プレートと磨りガラスに「都市伝説対策室」と他の部署と変わらぬ書体で書かれている。もっとおどろおどろしい様相を想像していたルイは拍子抜けして、そのドアをノックした。 「はぁい」  中からしたのは、若い女性……いや、少女と言っても差し支えないような声だった。何回も聞いたことがある。 (相談者かな?)  ドアが開いた。白と黒のゴシック調ワンピースに、染めたような赤い髪をした少女が、大きな目をぱちぱちと瞬かせてルイを見上げている。 「やあ、こんにちは。ここの人はいる?」 「私」 「え?」 「レンおじさんから聞いてて待ってたの! さ、入って入って! 皆! 久遠警視が来たよ!」 「うえええ? ちょ、ちょっとぉ!?」  少女に腕を引かれて、ルイは段ボールを支えながら部屋に転がるように入る。地下なので暗いは暗いが、オカルトグッズやら人体模型やら謎のホルマリン漬けで埋まっているとかそういうことはなかった。キャビネットも、本棚も、金庫もきちんと置いてある。整然とした部屋だった。個人の私物や備品が多少出されているが、常識の範囲だ。  パソコンは合わせて4台。その内1台は、「室長」と書かれた、部屋の一番奥にあるどっしりとした机の上に置いてあった。後の3台はその手前に並んだ机の上だ。内2つの机には誰かが座っている。2人は、少女の声を聞くと立ち上がった。  1人は、背の高い美丈夫と呼んで差し支えのない男性だった。ルイが176センチだが、それより少し高い。180はあるだろう。切れ長の目に、長いまつげが目立った。ジャケットの下にVネックのセーターを着ており、教師の様な印象を受ける。年齢は自分とあまり変わらないように見えた。  もう1人は、ルイより背が低いの女性。少女とは別の意味でぱっちりとした印象を受ける目に、おそらくはファンデーションだけで済ましているだろう化粧の薄い顔、無造作に着てあるパンツスタイルのスーツ。 「ようこそ、久遠警視」  男の方がわずかに微笑んで言った。 「お待ちしていました。ようこそ、警視庁都市伝説対策室……略して都伝へ」 「都伝」  まるで東京都にある唯一の路面電車みたいじゃないか。 「路面電車みたいって顔してるね」  女性の方が言う。 「お前もそうだっただろ。ああ、失礼しました。俺は桜木アサです」 「佐崎ナツです。よろしく、警視……室長」  2人がにこやかに差し出す手を、ルイは握った。どちらの手も温かい。どうやら2人ともお化けではなさそうだ。少女も手を差し出した。 「私は五条メグ。よろしくね、室長さん」 「よろしく。えっと、じゃあ、まず皆の階級を……」 「警部補です」  ナツが言った。 「俺は巡査長です」 「私コンサルタント!」 「は?」  ルイは思わずメグを見て、アサとナツを見た。 「どう言うこと?」 「五条は怪異が見えます」 「それでコンサルタント?」  道理で奇抜な格好をしているわけだ。霊能者にはよくある。派手な化粧をしたり派手な服を着たり。メグもそういうことなのだろう。 「幽霊が見える人は、ゴスロリ着てる方が喜ばれると思って」  まるでルイが思ったことを読んだかの様に、メグは言った。ルイは思わずたじろぐ。 「いや、別に……」 「でも、いつもの格好してるよりゴスロリの方が皆信じてくれるんだよね。面白いよね」 「……面白いね」  偏見を逆手に取った、と言うことだろうか。もっとも、ルイとしては幽霊の存在を完全に信じていないし、都市伝説対策室が何をしている部署なのかもよくわかっていない。 「それで……あの、僕、今日急に言われてよくわかってないんですけど、ここは何をする部署なの?」 「読んで字の如くですよ、警視」  アサが微笑む。 「都市伝説への対策を練ります」 「その、都市伝説って言うのは?」 「トイレの花子さん、口裂け女、八尺様、きさらぎ駅……まあ、そう言うようなもんさ。一度は聞いたことあるでしょう?」  ナツが指折り数える。確かに、一度は聞いたことがあるような噂話だ。 「噂でしょ?」  全て創作だと彼は思っている。あるいは錯覚。 「ところが」  ナツも目を細めて笑った。 「そうとも限らないんだなぁ。警視、よろしければ共有フォルダの報告書をご覧ください。詳細が書かれています」 「う、うん……」 「お茶を淹れますね」 「はい! 私にも!」 「言われなくても淹れるから安心しな」 「はーい!」  ナツは急須を取り出し、メグはいそいそと自分の席に戻る。パソコンは蒔絵シールでデコレーションされている。恐らくハロウィンのシーズンに買ったのであろう、蝙蝠の絵が描かれたマグカップの中身を急いで飲み干していた。 「俺も含めて3人とも変わり者ですけど、楽しいですよ。どうぞよろしく」 「う、うん……よろしく。室長も初めてだし、こういう、心霊みたいなのも初めてで……」 「警視は卒論で都市伝説を取り上げたのでは?」 「部分的にね。警視正からそこまで聞いてるの?」 「基本的なことだけですよ。どうぞ、おかけください」 「うん」  ルイはそこで、自分が荷物の段ボールを抱えたままであることを思い出した。よくこれで握手したな。誰も荷物を置くのを勧めなかったあたり、確かに変人……というかマイペースが揃っている。  とはいえ、初日から嫌になって退職届を出す、と言う展開は避けられそうだ。ルイは安心して、ナツの差し出す客用湯飲みを受け取った。
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