エレベーター(後半)

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「あの方のお部屋はあそこです。 エレベーター内に入居されたんです。」 納得は出来ないが、 連日の不信感からは解放された。 いや、不信感がはっきりしたとも言える。 翌日は休日だったため、 昼過ぎにエレベーターに乗った。 いつもはお爺さんと2人っきりなのだが、 今日は上の階に住んでいる 主婦の坂本さんと3人だった。 仲睦まじく会話をする2人を見て 違和感を感じたのは、 お爺さんが喋るところを 今まで見たことがないからだ。 耳が遠いか、寡黙な人だと思っていたが、 僕はどうやらいつも無視されている だけのことだったらしい。 「あの、すみません。」 エレベーターを降りたところで 僕は坂本さんに声をかけた。 彼女とは何回か掃除当番で 一緒になったことがある。 「お爺さんは何故あそこに 住んでいるのか、ご存知ですか。」 「一定の景観だと飽きちゃうから、 だそうですよ。変わり者ですよね。 そもそも、縦に動いたところで あまり変わらないと思いますけどね。」 ハハッと笑いながら、去っていった。 単純に家賃が払えないほど お金に困っているのだと思っていたが、 そうではないらしい。 好き好んでエレベーターに住んでいるのだ。 休み明けのエレベーターにも もちろんお爺さんが居た。 「おはようございます。」 もちろん返ってこない。 僕は何か無礼をしたのだろうか。 お爺さんと出会った日からの 自分の言動を思い返す。 階数を表示するモニターの数字が どんどん小さくなっていく。 「傘。」 半分を過ぎた辺りで 確かにそう聞こえた。 振り返ると、お爺さんが 出どころの分からない折り畳み傘を 差し出してきた。 「いえいえ、結構です。」 「持ってけ。」 「天気予報は確認しましたから、 今日は大丈夫ですよ。」 「いいから。」 お爺さんは引こうとしない。 そんなやりとりを繰り返していると ドアが開いた。 ドアの先には乗り込もうとしている 住人がこちらの様子を伺っている。 「では、お借りします。」 仕方がないので、 僕が折れて傘を受け取った。 エントランスを抜けると 快晴が広がっていた。 きっと僕への嫌がらせに ゴミを持たされたのだ。 そうに決まっている。 イライラしながら仕事へと向かった。
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