やまない雨に想い出す

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やまない雨に想い出す

「ねえねえ、『ミカクレ様』って知ってる?」 しとしとしと。 雨が降る。 ほんの小さな粒たちがアスファルトを一生懸命叩いている。 急に振り出したそれらから、私は目的のビルの中へ逃げ込んだ。 今は6月。 梅雨の時期とは程遠い暑い日々が続いていたが、たった今ようやく雨が降ってきた。 きっと家に帰ってテレビでもつければ、農作物の生産を生業とする人々が画面越しに喜びを伝え、長い人生の華やかな1日を過ごす美しい身なりの人々は残念だと笑うんだろう。 確かこういう雨は『雨喜び(あまよろこび)』っていうんだっけ。 初めて聞いたときは、随分と美しい言葉だと感心した記憶がある。 顧客との約束の時間まであと30分。 足元が悪いからと早めに会社を出たものの、電車は遅れることなく役目を全うし、あっという間に到着してしまった。 ずいぶんと時間が空いている。 このまま会社用のスマホでメールでもチェックしようか。 そんなことを思っていたら、ふいに女の子の声が耳に入った。 「ねえねえ、『ミカクレ様』って知ってる?」 「あー聞いたことある気がする。なんだっけな」 短めのスカートと靴下。 すこし緩んだ蝶ネクタイをぶら下げているのは2人の女子高生だった。 こんなオフィスビルの1階にいるには違和感がある。 近くに女子高があったような気がするから、下校途中に雨に降られて雨宿り、というところだろうか。 私は彼女たちからすこし距離を置いてから、スマホの画面を点ける。 画面を触りつつ彼女たちの声になんとなく耳を傾けた。 「願えばいろんなものを透明にしてくれる、って神様だよ」 「あー、凜が言ってたやつ?」 「そうそう、それ」 「わたしよく知らないなあ、どんな神様?」 ショートヘアーの活発そうな女の子が鞄を下ろし、くたびれて自立できないそれを足に挟みながら言う。 それを聞いたツインテールの女の子は、壁に背を預けながら話し出した。 「今みたいに暑い日が続いた後の雨の日に現れるっていう、いろんなものを透明にできる神様なんだってさ」 「いろんなこと?」 「そ!人の心とか、身体とか」 「なにそれ、どういうこと?」 「例えばー、『透明人間になりたい!』って思えば、少しの間だけ本当に透明人間にしてくれるんだって!」 「へー」 楽しそうな女の子の声に、あまり興味の無さそうな女の子の声。 それでもツインテールの子は、湿気た空気を気にも留めず、明るい声を響かせた。 「あと、『あの人の気持ちが知りたい!』って思ったら、その人の本心を透明にして、聞かせてくれるんだって」 …人の心を透明にして、本心を聞かせてくれる。 ああ、その話、わたしも知っている。 たしか、あの日も。 遠い昔の思い出が頭の中に広がっていった。
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