終章

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終章

 伽藍堂(がらんどう)になった部室へ、春一番の冷たい風と、時期尚早な桜の花びらが数枚舞い込んだ。  年季の入ったソファも無くなり、簡易なアルミのテーブルも、部屋を区切った衝立も消え、部屋の中央には社長椅子が一つ、脇には丸いテーブルが添えられて、ワイングラスと高価なボトルが置かれている。  ミステリー研究会は解体され、ここも入室は禁止されていた。  入室許可など下りない旧部室で、彼女は足を組み、雑誌を顔に置き、昼寝の合間にワインを嗜む。  桜の花弁がグラスに二枚混入すると、酔った視線でグラスを持ち、 「全く、この子達は」  と呟いた。  薄茶色の髪が風に揺れ、くしゃみをした。  合図のように、鉄扉の錠が開く。 「入るよ。いいね?」  彼女は許可も返ってこない内に入室を済ませ、ワインを片手に泥酔する少女の背後に立った。 「自供したそうよ、全部」 「へぇ」 「殺害までは認めてないけど、それは相武聖の仕業、って事で収まりそう」 「へぇ」 「死人に口なし。これが、貴女のやり方ね?」  彼女は、少女の顔の雑誌を取り上げた。 「夏目美紀。……ベル、と呼んだ方がいいのかしら?」  少女はぼんやり目を開けて、人差し指を横に振った。 「『ベルネルテル』。最後の一人が、これを受け継ぐ。ネルが決めたルールで、私もテルもどうでも良かったのだけど、存外ね、満更でも無い気分なのよ。野儀正子さん」  正子は大きく息を吐き、美紀の前にパイプ椅子を持ってきて座った。 「いつから、気付いていたの? 私と劉生が、テルの密偵(エージェント)だと」 「野儀正子が、死んだ日から」 「初めから、か。それは、テルも浮かばれ……」 「はいはい、私は世界一のイカサマ師。そういう詐欺(ペテン)はお見通し。貴女は、ネルのスパイでしょ? 見た事あるわよ、あいつの初めて売った東洋人」  正子は首を振り、躊躇い、眉を下げた。 「二人が、勝てないわけね」  美紀は再度、雑にワインをグラスに注いだ。 「何をして、勝ったの負けたの言ってるのかしら。密偵のクセに、主人の事を何も理解していないのね」  正子は微苦笑した。 「それができるのは、貴女くらいでしょ? 私には、さっぱり分からないわよ」  グラスを傾け、日光に当てた。 「妹達が、可愛くて、可愛くて、どうしようも無い。望む事なら、全て叶えてあげたい。勝負をしたいなのら、してあげる。心配したいのなら、させてあげる。どーんとまとめて受け入れてあげるのが、長女ってものでしょ?」  口は苦笑しながらも、正子の眉間には深い皴が寄っていた。 「何も、一般人まで巻き込まなくても、良かったんじゃない?」  美紀はテーブルに転がった葉巻に火をつけて、ひと吸いすると、(むせ)て煙を吐き出した。 「大人になりたい、お年頃。お勉強には、良い機会だったのよ」  葉巻を放り、グラスを取る。  高々と掲げ、指を離した。 「関わってはいけないモノは沢山ある。生きているなら、反省しなきゃ……、お友達みたいになっちゃうのよ。無論、貴女も、ね」  正子はゆっくり立ち上がり、お辞儀をした。 「主人に言いつけられているからね、後は追うな、って。……では、さよなら」    冷たい風が、カーテンを揺らす。  割れたグラスの破片を取り、美紀は腕に彫り込んだ。  これは、「ベルネルテルの物語」、と。
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