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【スポーツ×学園もの】
「ごめーん、ナイター付けてきてくれる?」
矢取りをしながら部長が言った。二年生の部員が「うぃーっす」といって校庭奥の電柱に向かう。紺色のジャージを纏った、細身の男子だ。
「待って」
最後の矢を引き抜いて、部長は二年生を引き留める。
「ついでに一年にも教えてあげて」
仮入部が終わった五月。飛び石のゴールデンウィークは新入部員二人を育てるいい時期だ。うっす、と返事をして二年生は一年生を手招きする。どうか続きますように、部長は整備されていない草むらに歩いて行く三人の背を見つめていた。
この学園のアーチェリー部は創設こそ古いものの、敷居の高さと費用不足でとうとう部員は男女合わせて七名になってしまった。
「先輩、今日帰りコンビニ寄りません?」
一緒に矢取りをしていた二年生の女の子が言った。いいね、と返事をする部長は、創部初の女部長だ。
きれいな陸上部のトラックを横目に、簡単なネットと掘っ立て小屋でできた盛り土の上を並んで歩く。
「後で草刈りするか」
足元の猫じゃらしを蹴りながら部長が言うと、えええ、面倒くさそうな声が二つ聞こえた。三人目の二年生がのこのこ射場にやってきたのだ。
「また遅刻? ってうわ、何」
「ちょっと、その顔どうしたの」
点いたばかりのナイターに照らされた遅刻魔の顔は、
「いやあちょっと猫に引っかかれまして」
傷だらけだった。
【SF×探偵】
最新型の懐中電灯をパチッとひねると、路地裏の壁にドアが現れた。ただの壁だったはずの扉がきいっと開く。すると、絵に描いたような探偵が出てきた。
「やあ、コ、いや、この時代では“こんにちは”かな?」
依頼人は君かい、探偵はチェックの帽子を脱ぎにかっと笑う。
「そうか、君の依頼はたしか」
昔ながらのメモ帳を取り出しペロリと指を舐めた。
「これは難儀だ」
太い指でじょりりとあごを擦る。残念ながら、と探偵は続けた。
「僕の存在は消せないのだよ、君。いや、”過去の僕”」
パアァン、銃声が静かな街に響く。依頼人はばたりと倒れた。
「ふう、全く人気者は大変だな。」
この一ヶ月、同じ時刻に同じ晩、毎日呼び出されている。システム上、断れないのが難点だ。
「一体誰だい。僕のコピーを量産するのは」
まだ紙煙草が許されていた時代。探偵は一本、コピーから拝借する。狭い夜空にふうっとひとすじ、煙をたてた。
【架空の食べ物】
真っ黒な立方体をひとつ、白い皿に載せ、隣にはアルコールランプを置く。食べるとき、ナイフを少し炙るといい。削ぐようにカットして、とろりと解けた黒い物体はスプーンですくうのだ。ランプに照らすと七色に光る。もったいない、とは思わずにひとくちで啜れ。唇から鼻腔にかけて香りが広がり、甘美な記憶が蘇る。そうして喉から胃までゆっくりと下り、温かい思い出が身体を包み込むだろう。部屋の照明は暗ければ暗いほど、おいしさが増すという。ぜひ、お試しを。
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