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【喜怒哀楽】
ぴょんぴょん跳ねて、少しくらい汚れても鼻歌で返してしまうような、土砂降りでも雨粒が、曇りでも雲の間がきらきらして見える日がある。かと思えば、ひとすじの汗にも全身が震え、手のひらに食い込む爪から正気をえていることもあった。どれだけお天道様が照っていても、自分の上には雨雲がもくもくと立ち上がり、瞳から気持ちが溢れてとまらない日もあったりする。それなのにふわっと一度風が吹いたり、陽が一瞬射しただけで頬の緩みが私を踊らせることもあるのだ。
【魔法使いと科学者】
犬も歩けば棒にあたる。とはよくいうが、果たしてそれは本当なのだろうか。それを研究することがひとつの目標だった。そのために私はまだまだ男社会といえる研究者の世界に足を踏み入れたのだ。もうすぐ対照群もそろって本格的に始動するはずだった、のに。
「ねえ、ハカセ。少しは私と遊んでくれない?」
がたついた椅子に座り、バランスを取りながらくるくる回っているのは、昨夜、突然研究所に迷い込んだ自称魔法使いだ。
「ちょっとお静かに願えますか」
「なによ、ツレナイわね」
くいっと彼女が左脚をあげると、白衣の襟が持ち上がった。
「うおわあああちょ、やめなさいいいいー!」
実験用の靴が、床から離れそうなぎりぎりまで釣りあげられる。
「ふんっ」
ばさささ、と資料が舞う。
「いててて、全くもう何なのよ」
資料を集めようとすると、これまた魔法使いがくいっと鼻先を持ち上げる。木枯らしのような風に乗り、机の上へきれいに整頓された。
「本当に魔法使いなのね、不思議だわ」
「あ、でも順番はわからないわ。見えてないし」
「えー?! もう、そこは全部きっちり直すところでしょう」
「物語の見過ぎね」
現実の魔法は甘くないわ、と魔法使いは続けた。魔法に現実も非現実もあったものではないと思うが。はあ、と大きくため息をつくと、研究室のドア付近でこそこそ話し声が聞こえてきた。
「ん? あなたのこと呼んでるわよ」
いいの、と私は首を振った。
「なによ、大事な用かもしれないでしょ」
魔法使いが耳をピクピクと動かすと、外の会話がまるで隣にいるかのように響いてきた。
「先生、とうとうお犬様と話すようになってしまったわ」
「まずいよねー。いくら優秀だっていっても研究内容が日本語を科学的に解明するって、小学生みたい」
あははと下品な笑いもついてきた。ひゅううんと音がしぼみ、元の静かな研究室に戻った。
「悪いことしちゃったみたい」
私のせいね、と魔法使いはしっぽを下げる。
「いいのよ、慣れてるから」
きっと私にもしっぽがあればしゅんと垂れ下がっているだろう。
「バカみたいなことを科学する。それも研究者の使命だと思うのよ、私は」
魔法使いは黙ったままだった。さて、落ち込んでも仕方ないしさっさと研究に移ろう。そう思ってパソコンに向かったところだった。
「ハカセ。こうなったら絶対成功させるわ」
「な、え、何?」
「私も手伝うって言ってるのよ!」
ポカンと口が閉まらない。なんと言っても目の前にいるのは犬の姿で紛れ込んできた”魔法使い”なのだから。
「悔しいじゃないのあんな小童に」
今どきコワッパって、と喉まで来たが飲み込んだ。
「いい、魔法使いだって馬鹿じゃないの。きっと役に立つわ」
「えええ、本気なの……」
「本気よハカセ。私、頑張るわ!」
この台詞だって、私以外からすれば「キャンキャンキャキャン」だぞ。はあああああ、と最大級のため息が出るとともに、錆びつきかけていたほんの少しだけ心が軽くなったこともまた事実だった。
つづく?
【恋愛×時代物】
お慕いする方がいるということは、とても美しいことでございます。高い空はどこまでも高く、足元に舞う砂ぼこりまで愛おしく感じてしまうものなのです。
さて、その日は桜の季節も過ぎた風の穏やかな日でございました。ひとりの女子が石段の端に腰掛けております。名はおまき、齢十三でございました。青々とした自然に囲まれていますそこは青風神社。地元の人々は親しみを込めて風さまと呼んでおりました。境内にはゆったりと木々が囁き、駆けまわる子らの笑い声が響いております。そんな中、おまきはほう、とため息をついて子らを見ておりました。
「風車、幾度回れば見えるか」
おまきはさっと歌を詠み、持ってきていた風車にふうっと息を吹きかけます。行商できていた平吉が露店で買ってくださったものでございました。
「なあに、行商だって一周すりゃあまた戻ってくるしかないのさ」
優しく微笑む平吉に、おまきはすっかり心を奪われました。行商は流れに身を任せるもの。わかってはいたものの、おまきは平吉にまた会える気がしてなりませんでした。
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