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#2 鏡(1)
「おじいさん、落とされましたよ?」
通りをもう少し進むと現れるカフェの店長・清水は、前方を歩く7割が白髪の老人にやんわり声をかけた。
けれども男はさきさき進むばかりで止まる気配を見せない。
聞き取りが困難であるのか。ゆえに声のみならず尻ポケットから落ちた鍵の、ガチャンという結構な音にも反応しなかった。
鍵を拾いながらそう予想した清水は、足の速度を早めて男の正面へ回り込んだ。
驚いて立ち止まる人物の前に、もしものために家族が工夫したのだろう。それぞれ音の異なる3種の鈴のついた鍵を差し出した。
「後ろを歩いていて拾いました」
「やあ気づかなかった!ありがとありがと。たまにあるんだよ。その度にこうして迷惑をかけてね。どうしたら防げるかねえ」
「そうですね、手っ取り早く首から下げたり、ベルトやカバンにキーリングという物をつける方法もあります。色々試されてはいかがですか?」
車道に走行車はなく周囲も静か。なのに鈴をつけていても落下に全く気づかなかった人物。それに一度や二度ではなさそうだ。
耳が遠いと確定させた清水は、いつもより声を高めてゆっくり説明。ジェスチャーも交えた。
確かに耳は遠いが、今は聞き取れ理解したらしい。
孫と同年ほどの親切な若者へ目尻のしわをますます増やして二カッと笑いかけた。
「ほうありがとう。若くもないから横文字の変なのより、首から下げる方がいいのかもなあ」
男は片腕を上げて再度の謝礼とし、それを最後にまだまだ背筋のピンと張った姿で歩き始めた。
遅れること数秒。清水店長も彼の背中を見守るように眺めながら、カフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』を目指したのだった。
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