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五月の霊感が活かされたのは、直近では4ヶ月前の3月中旬。
本日と同じ理由で来店していた彼女は、シリアスな表情を見せて「今夜は出そう」と末弟に告げた。
姉の霊感を本人より信用する健一は、夜になって念のため町内のパトロールに出発。だが情報は宝の持ち腐れとなった。
妖気を捉えて動いていたドリーム率いる蝙蝠部隊と巡回途中に遭遇。
案内され現場に駆けつけた時には遅く、妖怪から30代の夫婦の命を救うことができなかった。
妖怪登場は想定外。何とかしたいと思うも戦力差は歴然で術がない。見知らぬ親子の前に佇み守ることしかできずただ無力を痛感。
せめて子供だけは無傷で助けたいと、盾になる覚悟を決めていた。
討伐は普段隠している黒い翼を広げ魔界より現れた広瀬が行った。
美しい容貌のまま顔色ひとつ変えず、空中から投げた槍の一撃と呪文により化け物を消滅させた。
夫婦の子供である生き残りの少年は、いま健一のもとで働いている。働き者で手のかからない誠実な少年だ。
定休日でもエプロン姿の、店長と広瀬を命の恩人と慕う涼真が、五月の時のように豊かな感受性を披露。店先の影を追う。
予想通り開いたドアに向けて、ろくに確認もせぬうちに質問と謝罪を投じた。
「依頼の方ですか?飲食でしたらすみませんが今日は定休日なんです」
一同の視線を浴びたのは制服姿の女子高生。緊張する様子もなく若々しい声を聞かせた。
「えーそうなの!?そこの女の人が入ってったからやってると思ったのに」
7月の炎天下、喉が渇いたのでコンビニを探したが見当たらず、5分歩いて見つけたのはラーメン屋。
けれどさすがに単身で入る勇気はなく、そんな時に前方の女が入っていったのがこのカフェだった。
ミディアムボブの女子高生はそう説明し、健一は自身も外出先でスポーツ飲料を買ったことを思い出した。
「外は暑いですしね、今日だけ特別ですよ?とは言ってもお水と冷蔵庫のものしか提供できませんが」
「え、お兄さん店の人なの!?優しい!」
「店長いいんですか!?」
「ちょっとバイト、店長がOK出したんだから文句言わない!あ、セージュンの袋!もしかして全部化粧品?どうしたのこれ!?」
涼真へ小言と思いきや、テーブルの紙袋をサッと発見。瞳をキラキラさせて覗き込み、次の瞬間には唯一の同性を振り返る。
五月は多感な少女に言える範囲で回答した。
「ここの常連客に頼まれてた商品持ってきたの。こっちにとってもお得意様」
「いいなあ。セージュンってコスパいいって聞くけど学生には高額で手ぇ出せないんだよね。お姉さん関係者なの?どっかで見たことあるような……」
仕事は有能、しっかりこなす五月。でもプライベートではどこかネジが緩んで単純になる。
今も「お姉さん」の素敵な響きにテンションが上昇したようだ。
35歳の女心である。結果気前の良い対応を生んだ。
「化粧水、私の使いかけでよければあげようか。半分以上は残ってるよ?」
「ヤバッ、欲しい!ちょうだい!」
遠慮のなさが逆に気持ちいい。「ありがと!」と受け取り、嬉しそうにビンを眺めて誰にでもなく話し出した。
「うちの母親安いのばっか使ってるし、小遣いをコスメに使う余裕ないしさ」
そうしてトートバッグにビンを片づけると、不満たっぷりのため息を漏らした。
「あーあ、うちのジジババが友達んとこみたいに小遣いくれたらなあ」
「お水です、どうぞ。……厳しいご家庭なんですか?」
エプロンに着替えた清水店長が、テーブルに水を置いて問いかける。
カジュアルな外ハネヘアの学生は、イスから見上げて「どうも!」と謝礼。両手でグラスを握り、またグチの開始だ。
「そうなの。だからこっそり財布から金とったりしてる。内緒だよ?」
「おや、いけませんね」
「かわいい孫にくれないのも酷くない?あ、思い出した。この間満席の電車に乗っててさ、わたし荷物たくさんあって立ってたの。そしたらどっかのババアが当たり前みたいな顔で真ん前のシートに座っててさ。譲ってくれてもいいと思わない?せめて「大丈夫?」とかさ」
まくしたてて更に喉が渇いたようだ。水を飲んで、まだ話を続ける。
「よくしゃべる女だな」と涼真は内心で呟いた。
「メイクなんてしたことないみたいなシワシワの顔でさ、シミもたくさんで妖怪かと思っちゃった。あんな年寄りにはなりたくないなあ」
言いたい放題の女子高生が相手ではお年寄りへのフォローも追いつかないと判断。清水姉弟は黙って苦笑いだ。
このように最強な彼女の次なるターゲットは、選ばれた側は大迷惑のカウンター内の同年代だった。
「ねえバイト、名前と年は?」
「……涼真。高1の16。もう行ってないけど」
「わたし舞花。今年で17の高2だから先輩。学校やめたの?そっか」
偏見も何もなくあっさり受け入れる。でも少しばかり上から目線な二階堂舞花。
この素直な少女がひと月の間に体験する恐怖を予知できる者がいま存在するはずもなく。
後の事件の張本人・清水健一でさえ現在は懲罰など頭の片隅にもない。
10代の男女のやりとりをただ微笑ましく見つめていたのだった。
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