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テキパキ動く涼真少年だがふと動作を止めて、何やら凝視する清水店長の視線の先を追う。
少年の瞳に映ったのは、ボックス席の空のコーヒーカップ。同時にとある男の秀でた顔が浮かんだ。
「あ、忘れてました!店長が銀行に行ってる間に広瀬さんが来たんです。開店前なのに。一緒に会話もしてたんですけど、ごみ捨ての間に逃げられました」
「そのコーヒーでしたか。これで何度目ですかね」
「コーヒーが57回、トーストが7回、スイーツが3回。すべて食い逃げです」
「困ったお方ですね。次回来店の際には全て精算してもらいますか。さて涼真君」
「はい店長」
「浮気調査です。君にも手伝ってもらいますよ?カツラと瓶詰のハチミツを用意して下さい」
「了解しました!」
少年はニコリと笑い、店名の刺繍された揃いの赤いエプロンを脱いでまず奥の部屋へ。
パソコンで色や長さの異なるカツラを3点注文する。
ハチミツは近所のスーパーで買うため通販では頼まない。地域の活性にひと役貢献だ。
注文を終えると次はさっそく買い物へ。
「ゴジラも一緒に行こうか!」
「ぱぅ!」
自身の飼い犬で店の看板犬であるパグに出発を促す。
ご主人様のことが大好きな仔犬は、しっぽをブンブン振って同行を喜んだ。
そしてしっかり者の涼真少年、レジから金を取り出し外出したのであった。
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「戻りました店長」
「ぱう」
報告をして店内を見回す。混み具合が心配だったが全て空席で一安心。とはいえ手放しでは喜べないが。
「おかえりなさい。ふたりともご苦労様」
出発してから30分。おつかいから帰ってきた店員を労い、店長は買い物バッグを受け取った。
中身はレシートと頼んだハチミツ、そしてイチゴ。後者は単に少年の好物だが店としても必須食材だ。
そのイチゴの入ったパックを店長の手から頂くと、すでにエプロン姿の涼真少年は店のメニューで消えてしまう前にひとつ取り出して水洗い。
興味津々な愛犬に「食べられないからね?」と教えると、真っ赤なイチゴを自身の口へ放って嬉しそうにモグモグさせた。
「店長も後でどうぞ!甘くて美味しいです」
どうやら毎度のことらしく、ハチミツの使い道に疑問は持たない。
役目をきちんと果たし、ささやかな利益も得て満足の16歳であった。
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