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◆
金曜日の中心街。
百貨店のフードコートのテーブル席でスマホをいじる女に、黒髪の若い男が声をかけた。
「おひとりですか?」
「待ち合わせだけど、ナンパ?」
すぐに反応してくれた女と向きあうように馴れ馴れしく相席し、青年は落ち着いた、けれど周囲のざわめきに飲み込まれぬ程度には声を出してまた話しかけた。
「僕とホテルに行きませんか?」
「キモっ!いきなりすぎ。頭ヤバいんじゃない?」
冗談か本気か知らないが、真顔の男にドン引きだ。
しかし相手は本気のようで、ひとつ提案してきた。
「5万でどうですか?」
「え、ホントに金くれんの?」
「はい」
即答。顔は悪くないのにどうやら可哀想な男のようだ。
裏があるかもと警戒しつつ、女はカネ欲しさにニヤリと笑って頷いた。
「いいよ。エッチさせてあげる。あ、お兄さん、喉かわいたからジュースおごって!」
青年は頷いて頼まれたオレンジドリンクを買いにハンバーガー売場へ。
その間に女は待ち合わせ相手の男に『バイトのヘルプで行けなくなった。ごめーん』とLINEする。
後ろめたさはない。どうせセフレだ。同じ抱かれるなら顔より金をくれる方を選ぶ。
まあ今回の男はなかなかイケメンだが。
青年も同じドリンクを買ってきたのでふたりで飲みながら雑談の開始。
社交的な男女の会話はよく行く飲み屋や学生時代の部活動などそれなりに盛り上がり、互いに暇を感じなかった。
「僕は中・高と吹奏楽部で大学ではバンドをやってたんですが、歌だけは上達せず……」
「あははっ!楽器だけって!でもお兄さんホント歌ヘタそう!逆に聴いてみたい!」
時刻は16時。やがてふたりは席を立ち、近くのビジネスホテルのデイユースプランを利用してチェックインした。
*
客室に入った青年がまず実行したのは、自身の髪に手をかけてバサッとそれをむしり取ること。
黒髪の下から本来のこげ茶色の髪が露になった。
「ワケあり?」とおもしろそうに質問する女。
側で青年は無言のまま彼女の華奢な身体をベッドに押し倒し、キスをしながら服の中に手を忍ばせた。
「あんっ!シャワーまだな…ん、んぐ……」
「体売るのは初めて?」
青年はようやく語り、手は女の服をめくり上げる。
「ん、売りは何度も、して…やだぁすごく感じて……」
艶やかな声が言葉を紡ぎ、その内容に触発されたか青年は胸以外も攻め始めることにした。
やがて振動が始まり、本格的なセックスの開始。快楽と興奮のなか女は無意識に問いかける。
「っあ、ぁん……!お兄さん、名前、知りたいっ」
「……っ、健一です」
この名乗りは夢かうつつか。彼女の意識は遠退きはじめ、飛散と同時に身体は痙攣。絶頂を迎えた。
伸ばされた腕は男の背中に回り、離すまいと強く強く抱きしめた。
*
「あたしアカリ。また会える?」
シャワー上がりの気だるそうな表情。セックス時の快楽に歪むものとはまた違う色気を放つ。
今回のご奉仕料はすでに貰っている。次もカネは欲しいがそれだけではなく、雰囲気だったり相性だったり。自分と合ってる気がしてこの男との時間が欲しくなったのだ。
返答は簡潔な一言によって。彼女の期待を裏切らない内容だった。
「いつでも」
「ほんと!?でも仕事は?ニート?」
「内緒です。ああLINEさせて下さい」
「女?」
「どうでしょう、大事な助手に」
「奥さんか恋人でしょ!?助手とかノロケてさ。それに隠さなくていいよ。あたしにもカレシいるからお互い様」
アカリは憎めない人好きのする笑顔を披露し、健一とやらもつられて笑った。
そんな彼は笑みを残したままスマホに視線を落とした。
LINEを開いて『まもなくホテルから出ます』とメッセージを送る。
その相手とは『涼真君』であった。
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