#1 ハチミツ(2)

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◆ 本日もホテルのデイユースプランを利用して16時にチェックインした健一とアカリ。 ベッドで男女は身を寄せあい横たわる。 セックスを終えたばかりの赤みの残る顔で、女は同じ時を過ごすのは3度目となる相手に語りかけた。 「ねえ健一、あたしカレシに浮気がバレてフラれたんだ。でも寂しくないの。健一がいてくれるからだよ?」 恋人の祐希が浮気調査を依頼していたなんて知らなかった。 けれど浮気を理由に別れを告げられたとき、アカリに寂しさや未練はなかった。 すぐに健一の優しい顔と声が浮かんで、彼だけの女になれると嬉しくなった。他2名のセフレは脳裏の片隅にもいなかった。 祐希とはその場で破局を迎えた。いま目の前にいる男が涼しい顔で主導した悪夢の前触れとも知らずに。 「セフレでもいい。これからも健一といたい。大好き。健一、大好き」 思いを告白し、アカリは彼の唇にキスをした。 すぐに身体は彼の腕の中。肌の露出する背中を愛撫され、今後の逢瀬を認められた気がしてハッピーだった。 祐希よりひとつ年上でしかないのにミステリアスな大人の魅力を醸し出す健一。 25歳とは思えないクールな瞳に見つめられるとドキドキして、そのくせ笑顔は幼く、眺めていると優しい気持ちになれる。 会話していて楽しいし、セックスも激しくて、恥ずかしい格好もたくさんさせられるけれど、だんだん気持ち良くなり今では快感で。 彼にはたぶん女がいる。それでもいい。こうして会えて抱かれて、それ以上は望まない。次の約束が実れば満足だ。 いまや健一の虜と化したアカリ。彼女は浮気したり不倫相手となる以外は悪い女ではない。むしろ本命には尽くす健気なタイプ。 将来的には誰かの良い妻になれたかもしれない。ここで23歳の短い生涯を終えさえしなければ。 健一は許可を取るように小さく笑って女から身を離した。 ベッドを下りてバッグから小物を何点か取り出す。 そうしてベッドに腰を落とすと、手のひらの真っ黒な錠剤を差し出した。 「これを飲んで下さい」 「え、ヤバいやつ?ドラッグ?」 「いえ避妊薬です」 アカリは一瞬言葉を失い、即座にプッと吹き出した。 「準備いいなあ。遊び人?ま、いいや。コンドームだけじゃ怪しいし。お互い子供できても困るしね」 2錠を指でつまみ、これまた準備のいいことに用意されたペットボトルの水まで貰ってまた笑った。 人間らしさに満ち溢れたアカリの、これが最後の笑顔。まともな姿。 ゴクンと飲んだ直後に彼女は異変を感じた。気分は悪くない。ただ一秒ごとに視界が変わる。 天井はどんどん高さを増し、健一は大男になり、先ほどまで枕だったものはベッドサイズに変化した。 これらの原因は相手ではない。信じがたいが『不思議の国のアリス』が現実に。自身が縮んだ、15センチくらいまで小さくなったのだと自覚した。 「なっ、何なの‼嘘でしょ!こんなのあり得ないっ!健一なのっ、もとに戻してっ‼」 全裸の彼女は乳首や陰毛まである、リアルすぎる着せ替え人形のよう。 ただし自らの意思で全身が動き、発声も可能。間違いなく彼女は人間。だから正確な判断ができる。様々な恐怖も抱く。 逃げようとしてベッドの端まで何歩か小走り。下を覗きこんで絶句した。 高い。ベッドから床までの高さが身長の3倍はある。 通常サイズで2階から地上を見下ろしているときのような光景。飛び下りるのは不可能だ。
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