13人が本棚に入れています
本棚に追加
#4 百鬼夜行(4)
土曜日の夕刻。
町内の中学校に通う受験生の後村伸二は、各地に散らばるオカルト仲間との自宅での数時間にわたるビデオ通話やチャットから一旦離席。
テンポのよい会話やリアクションを直に感じられる対面で趣味の話題に興じたいと、カフェ『小庭園(プチ・トリアノン)』を目指していた。
追っかけている広瀬が来店していたなら儲けものだ。
そうは言っても後村以外の面々はオカルト話に興味がなく、熱心なのはいつも彼ひとり。
それでも人前で趣味の話ができるのは嬉しく、聞き上手な優しい人ばかりなので足を運んでしまうのだ。
カフェ近くの脇道で後村は興味の対象を発見した。
「よしっ!」とガッツポーズを作ってみたが、眼前ではそれ以上のドキドキが展開されていた。
「あ、広瀬っち!……とカラス?あれって絶対会話してるよな」
鴉のハッピーに笑顔で話しかける広瀬。犬や猫ならまだしも普通に奇妙な光景だ。
無防備というよりラッキーの時の反省が見られぬ、鈍さ際立つ魔界のプリンスである。
その結果、覗き見していた好奇心旺盛な少年に常識を覆す場面を披露してしまった。
「おいしいコーヒーも飲んだし僕も帰宅だ。君も気を付けて帰ってよ。ドリームにもよろしく」
「どうせ食い逃げス。涼真が小言を漏らしてるはずス。まあわかったスよ。ドリームには伝えておくス」
カラスがしゃべった!!
広瀬の存在はそっちのけ。少年は内心で「ヤバいヤバい」と繰り返し、驚愕の悲鳴の代わりに胸を高鳴らせて人懐っこい鴉を見つめた。
何より驚いたのは自分に鴉の言語が理解できたこと。ひょっとすると、と期待を込めて広瀬が去ったあと鴉に駆け寄った。
「ねえ!ねえねえ広瀬っちとどんな関係なの!?使い魔!?」
突然話しかけられたハッピー。変わらぬ表情で、まるでパペットのように黒いくちばしをパクパク開かせた。
「何のことスか?知らないス。オイラ、王子さんとは面識ないス」
「広瀬っちは王子なの!?カラスとも友達だし、やっぱ人間じゃなかったんだ!スゲー!どこの王子!?悪魔?妖怪?宇宙?」
ここでようやく異変を覚ったハッピー。ポロッと出してしまった極秘情報の流出をやはりの無表情で認めた。
「しまったっス。オイラ何も知らないス。はっ!なぜオイラの言葉がわかるんスか!?」
「オレにもわかんねー。広瀬っちのパワーが伝染したのかも!?ねえ黒猫とも知りあい?やっぱりあれも使い魔!?」
いまやしゃがみこんで興奮気味に話しかけてくる少年。
失態を繰り返すまいと今度こそハッピーはそっぽを向いてとぼけてみせた。
「知らないス。ラッキーとは会ったこともないス」
「あっそうそう!ラッキーって広瀬っちも呼んでた」
「しまったス」
どうやら嘘が付けない正直者のハッピー。
親友ラッキーが側にいたならあまりの無能ぶりに強烈な猫パンチをお見舞いしたことだろう。
これ以上口を滑らせては一大事と自覚したか、日暮れも近いしと逃亡を決断した。
「オイラは嘘つきな鴉っス。オイラの話は信じない方がいいスよ!」
翼を広げてそそくさと風に乗った小柄な鴉。方向を誤り上空でUターンする焦りようだった。
同じドキドキでも対照的な両者。少年のピュアな心には、この人類初ともいえる記念すべき出来事が深く刻まれたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!